韓国と日本のアートハウス(ミニシアター)の交流-(2)
ミリム劇場(仁川)とシネマ・ジャック&ベティ(横浜)
小林良夫(元「横浜シネマ・ジャック&ベティ」副支配人)
「インチョンから横浜まで ジャック&ベティ・ミリム劇場同時上映展」チラシ
「シネマ・ジャック&ベティ」は2018年から、韓国の「ミリム劇場」と交流しています。ミリム劇場は、仁川にある映画館で、韓国の「芸術映画館」というカテゴリーに入ります。日本ではいえば「ミニシアター」というカテゴリーかもしれませんが、1スクリーン・253席の大劇場です。
私は2024年7月までシネマ・ジャック&ベティの副支配人として勤務し、ミリム劇場のチェ・ヒョンジュン代表が2018年に初めて劇場を訪れた際に居合わせたことと、大学時代に勉強していた韓国語のおかげで、映画館間の交流の窓口として対応してきました。私から見たシネマ・ジャック&ベティとミリム劇場の交流について書いてみます。
2018年の出会いから最初の共同企画まで
シネマ・ジャック&ベティとミリム劇場の出会いは、2018年11月。横浜のアートユニットArt Lab Ova(アート・ラボ・オーバ)さんが、仁川を訪れた際にミリム劇場を訪れていたことがきっかけでした。
Art Lab Ovaさんはジャック&ベティの1Fに拠点があり、「よこはま若葉町多文化映画祭」の主催者でもあります。Art Lab Ovaさん経由でジャック&ベティを知ったチェ・ヒョンジュン代表が、来日された際に映画館に立ち寄ってくださったのでした。
ジャック&ベティについては予備知識なくいらしたチェ代表でしたが、映画館の歴史を紹介したり、館内をご案内したりしたことで、関心を高めていただいたようでした。私自身もチェ代表の話を聞いてみると、ジャック&ベティとミリム劇場には共通点が多くあることに気づきました。第一に60年以上の歴史を持つ映画館であること、第二に閉館を経験したあと、別の団体により再開していること、第三に同規模の都市で非メジャー系の作品上映を中心に存続を模索していることです。横浜と仁川はともに人口300万人近くで、日韓両国の交易の拠点で、東京とソウルのベッドタウンとしての側面があります(おまけにどちらにも中華街がある!)。
また幸運なことに、チェ代表の弟であるチェ・ヒョンギさんが神奈川在住で、最初の出会いから通訳とコーディネーターとして立ち会ってくださいました。
実はチェ代表のジャック&ベティ訪問は事前予告なしでした。受付スタッフがやや対応に困っているところに、私がたまたま居合わせて、ご案内できたからよかったのですが、もしタイミングが悪ければ、いままでの交流はなかったのではと思うと不思議に思います。
チェ代表のジャック&ベティ初訪問
2018年11月の出会いからすぐ、チェ代表から、韓国で一緒に企画上映を行いましょうと提案がありました。そのスピード感には驚きましたが、いま思えば、チェ代表も厳しい映画館運営を続けている中で、何かのきっかけを求めていたのだろうと思います。2015年から現体制で運営しているミリム劇場ですが、観客が大きく増えない状況が続いていました。共通点が多いシネマ・ジャック&ベティから、何かヒントが得られるのではという期待があったのでしょう。
共同企画『インチョンから横浜まで ジャック&ベティ・ミリム劇場同時上映展』
それから約半年あまり、チェ代表の驚異的な実行力で準備が進み、2019年6月に初めての共同企画『インチョンから横浜までー ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展』がミリム劇場で開催されました。
本企画は韓国において、KOFIC(韓国映画振興委員会)、国際交流基金、仁川映像委員会の後援を受けています。日本からはコミュニティシネマセンターさん、Art Lab Ovaさん、また招待監督として沖田修一監督にご参加いただきました。沖田監督はミリム劇場での『南極料理人』上映とトークショーに立ち会ってくださいました。沖田監督の作品は韓国で人気があり、上映企画の中でも特に多くの来場者があり、大変盛況となりました。打ち上げでふらりと入った居酒屋で映画好きの店員からサインと写真を求められることもありました(沖田監督はその数年後にミリム劇場で『モリのいる場所』が上映された際にも、ビデオメッセージを寄せてくださっています)。
『インチョンから横浜まで―ジャック&ベティ・ミリム劇場同時上映展 in ミリム劇場』
上映プログラム
◆ジャック&ベティで好評を博した日本映画
→『万引き家族』『カメラを止めるな!』『沖縄スパイ戦史』『日日是好日』
◆ミリム劇場が日本に紹介したい韓国インディペンデント映画
→『カウンターズ』『妓生:花の告白』『1991、春』『おとなになったら』
◆字幕・音声ガイド付きバリアフリー上映プログラム
→『あん』『アイ・キャン・スピーク』
◆招待監督上映作
→『南極料理人』沖田修一監督
フォーラム
◆「日本の芸術映画館の現在と未来1-シネマ・ジャック&ベティの事例を中心に」
◆「日本の芸術映画館の現在と未来2-コミュニティシネマセンターの事例を中心に」
◆「地域(市民) コミュニティー空間としての映画館の活用と芸術家の役割」
ジャック&ベティスタッフがミリム劇場を初訪問
『南極料理人』 沖田修一監督トーク
シネマ・ジャック&ベティには当時私含めて社員のスタッフが5名いました。日頃から少ないスタッフで運営しているミニシアター。しかし、またとない経験ができる機会です。最初で最後の社員旅行!という気持ちで、時期を少しずつずらす形で調整し、全員がミリム劇場を訪問しました。
日本からは、ジャック&ベティのお客さんからのミリム劇場への応援メッセージの寄せ書きと、スタッフが翻訳ソフトを使いながら苦心して作った上映作品のパブボードを持ち込みました。特にパブボードの方は怪しい韓国語だったに違いありませんが、喜んでいただき、2024年の訪韓時にもまだミリム劇場のロビーにまだ展示されていました。
初めてのミリム劇場とその周辺の風景は、大変刺激的なものでした。仁川の中には高層マンション街もありますが、旧市街であるミリム劇場の付近は、旧日本人居住区の古い建物や、人の生活の積み重ねが感じられる街並みが残っていて独特の趣があります。
ミリム劇場には高齢者を中心とした常連のお客さんが集まりお菓子を食べながら談笑したり、スタッフと世間話をしたり、思い思いにその場を楽しんでいる…。ミリム劇場は韓国のミニシアター(芸術映画館)の中でも、映画上映以外の要素も多い異色な映画館ともいえると思います。その中でも、映画館スタッフはじめ企画に関わっているアーティストやボランティアの方々が、地域における映画館のあり方を模索しながら真剣に向き合っていることを目の当たりにしました。考えてみれば私たちがジャック&ベティを引き継いだのも映画館近隣の町おこし活動がきっかけでしたので、その点でも劇場同士で親和性があったのかなと思います。
フォーラムではふたつの劇場の話題にとどまらず、コミュニティシネマセンターさんを中心として日韓のミニシアターの現状が話題となりました。当時の一人当たりの年間映画鑑賞本数の比較では、韓国は日本の3倍近い。韓国映画のレベルの高さも、日本の映画ファンの知るところでしたし、その裾野であるミニシアターもある程度には潤っているのではと私は思っていました。しかし、登壇されたソウルの映画館「アートナイン」のジュ・ヒさんなどのお話から、観客は一部の大作に集まる傾向が強いため独立系の作品の集客は厳しく、ミニシアター運営は常に難しい状況にあるとわかりました。ミニシアターという視点でみれば、韓国も日本も似かよった悩みを抱えている。初めての交流企画で、そうした状況の共有が実現できたことは大きな成果でした。
フォーラム開催の様子
ミリム劇場ロビーでの懇親会
2019年「日韓コミュニティシネマ会議」と日本での同時上映展
ミリム劇場から渡されたバトンを持ち帰った私たちは、日本での交流企画に取り組みました。
2019年9月6日・7日に開催された「全国コミュニティシネマ会議2019 in 埼玉」では、コミュニティシネマセンターさんの企画により、「日韓コミュニティシネマ会議」という場が設けられました。ミリム劇場のチェ代表をはじめ、韓国芸術映画館協会代表のチェ・ナギョンさん、ソウルのアートナインのチョン・サンジンさんとジュ・ヒさん。日本からは「シネマ5」の田井肇さん(コミュニティシネマセンター代表理事・当時)、「シネマテークたかさき」の志尾睦子さんが参加されました。コミュニティシネマ会議という場において、2館にとどまらない日韓の交流が実現したことは、日韓のミニシアター関係者がお互いの状況を意識しあう契機になったと思います。韓国の関係者の皆さんを招待し、場を設けてくださったコミュニティシネマセンターさんのおかげでした。
日韓コミュニティシネマ会議
– 「インチョンから横浜まで-ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展 in シネマ・ジャック&ベティ」
9月7日・8日には、ミリム劇場との共同企画の日本版として、「インチョンから横浜まで-ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展」をシネマ・ジャック&ベティで開催しました。
『インチョンから横浜まで―ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展 in シネマ・ジャック&ベティ』
上映プログラム
◆ミリム劇場が推薦する韓国インディペンデント映画
→『妓生:花の告白』、『1991、春』
◆仁川がロケ地となった韓国映画
→『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』
フォーラム
◆「韓国 ミリム劇場のことを知りたい!」
上映作品『妓生:花の告白』『1991、春』では、来日された監督らの舞台挨拶も行いました。どちらも日本初上映の貴重な機会ではありますが、普段のジャック&ベティのお客さんにどれだけ興味を持ってもらえるかと、正直にいって集客が不安でした。しかし蓋を開けてみると、悪天候の中でもたくさんの来場がありました。しかも中心となったのは、普段の常連のお客様でした。ミリム劇場との交流については、普段の劇場のお客さんに興味を持ってもらうために交流の経過を紹介するフリーペーパー「ミリム劇場への道」を都度作成して店頭や会員向けに配布していました。その効果も多少はあったとはいえ、それ以上に、ジャック&ベティの(大袈裟にいえば日本のミニシアターの)観客からの「熱く迎えたい!」という心意気が発揮されたようで、とても心強いものを感じました。
余談ですが、ジャック&ベティとしても全力で臨んだこの企画、思いがけず天候に悩まされることになりました。チェ代表以外のミリム劇場のスタッフのチェ・ウンヨンさんとチョ・ウリさんは、韓国を通過した台風の影響で予定の飛行機が飛ばず、遅れて1日目深夜に到着。さらに2日目の夜には、記録的な被害をもたらした台風15号が横浜を直撃したのでした。日韓で台風に悩まされる巡り合わせでしたが、上映企画やフォーラムも予定通りできましたし、「雨降って地固まる」を体現した企画でした。
横浜でのチェ代表挨拶
『1991、春』監督が観客と交流
中華街で打ち上げ
2020年〜2022年 コロナ禍でのオンライン交流
両国での開催からほどなく、3度目の交流企画の相談を始めていました。しかし直後の2020年にやってきた新型コロナウイルスによるパンデミック。直接交流する企画は無期延期とならざるを得ませんでした。ミリム劇場は2020年2月末から4月末まで、シネマ・ジャック&ベティは4月初旬から5月末まで休館となりました。
元々高齢者のお客さんが多かったミリム劇場は、再開後も観客は4分の1になったといいます。休館中にチェ代表から送られたメールです。
「また会う日までお大事にしてください。各自の場所で最善を尽くして今回の困難を乗り越えることを願います」。
お互いに劇場の存続自体が心配な状況ではありましたが、交流は絶やさないという思いから、コロナ禍の2020~2022年にかけてはオンライン交流企画を実施することができました。シネマ・ジャック&ベティ以外の日本ミニシアターに参加いただくこともできました。これまでの交流企画や「全国コミュニティシネマ会議2019 in 埼玉」で繋がった縁が実を結んでいきました。
「仁川インディペンデント
フィルムツアー」チラシ
『古い未来都市』チラシ
コロナ禍の中のオンライン企画
◆2020年3月21日
『大観覧車』上映+オンライントーク
参加劇場:シネマ・ジャック&ベティ
※同時上映予定だったミリム劇場が休館のため急遽ジャック&ベティのみで開催(ミリム劇場側は映像で参加)
◆2020年11月14日
短編集『仁川インディペンデントフィルムツアー』上映+オンライントーク
参加劇場:シネマテークたかさき、シネマ・ジャック&ベティ
◆2022年3月26日
韓国ドキュメンタリー『古い未来都市』上映+オンライントーク
参加劇場:京都みなみ会館、シネ・ヌーヴォ、シネマ・ジャック&ベティ
3回目の交流企画とこれからのこと
新型コロナウイルスによるパンデミックの嵐がすぎた後も、シネマ・ジャック&ベティは引き続き厳しい状況でした。「ミニシアター・エイド基金」をはじめとした支援もいただきながら持ち堪えてきましたが、来場者が回復しない状況に加えて、浸水によるエスカレーターの修理も重なってしまいました。状況を打開するため、2023年11月には大規模なクラウドファンディングを実施。3000万円という目標金額に対して、4300万円を超える金額を達成することができました。
ミリム劇場との3回目の交流企画も少しずつ相談は進んでいましたが、正直にいってジャック&ベティ側は半年先も考えられない状況でした。ご支援によって、ようやく交流企画にも臨むことができる状況となりました。ご支援をいただいた皆様にはこの場を借りて改めて感謝申し上げたいと思います。
2024年6月21〜23日、「2024 ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展」がミリム劇場で開催されました(詳細は別の記事で書きましたので、そちらをご覧いただければ幸いです)。
前回からの大きな違いとしては、ジャック&ベティ以外に、シネマテークたかさきさん、川越スカラ座さん、シネ・ヌーヴォさんも参加いただいたことがあります。日韓のミニシアターが会し、心を通じ合わせた今回の企画によって、交流企画は次の段階に進んでいくのではと思っています。
私自身は2024年7月末でジャック&ベティを退職しました。ある日に突然映画館に現れたチェ代表との偶然の出会いから、直近の交流企画まで、在職中にミリム劇場の交流企画に携わることができたことは大きな財産です。
心残りとして、日本側で十分な予算が確保できないことで韓国ミリム劇場側の負担が大きくなってしまったことがあります。活用できる助成制度の有無も大きいですが、収益に直結しづらい企画だけに予算の確保は交流を続けていくための今後の課題だろうと思います。また小規模では実現しましたが、韓国と日本の独立系の作品が相互により多く上映される機会に繋がれば、より価値のあるものになるかと思います。
横浜と仁川は共に近代の開港の地です。ふたつの映画館から出航した日韓の映画館のつながりが、今後も広がっていってくれることを願うばかりです。
「2024 ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展」フォーラム
小林良夫
1980年生まれ。横浜・黄金町地域の町おこし活動に参加した経緯から、現支配人の梶原俊幸と共に2007年4月からシネマ・ジャック&ベティ運営を引き継ぐ。その後2024年7月まで副支配人として勤務。