コロナ禍の中の韓国アートシネマ
2020年12月16日に開催した「全国コミュニティシネマ会議2020」では、韓国芸術映画館協会の方々(チェ・ナギョン氏:アートハウス・モモ、チョン・サンジン氏・ジュヒ氏:アートナイン、キム・サンミン氏:エムシネマ)に、オンラインでご参加いただき、コロナ禍における韓国のアートシネマ(日本のミニシアターのような小規模映画館)の状況を報告していただきました。
その内容を、キム・サンミン氏にまとめていただきました。
コロナ禍の中の韓国のアートシネマ
キム・サンミン(「エムシネマ」代表、韓国芸術映画館協会副代表)
コロナ以前の韓国のインディペンデント映画界では、2019年に、『はちどり』(2018)『ユンヒへ』(2019)『私たちの家』(2019)『なまず』(2018)『キムくん』(2019)といったヒット作が生まれ、韓国のアート映画の観客数が海外のアート映画の観客数と同程度にまで増加、アートシネマ(インディペンデント映画、アート系映画でプログラムを組む映画館)は活況を呈していました。韓国では、韓国映画振興委員会(KOFIC)の支援を受けているアートシネマに対して、韓国のインディペンデント映画を一定の日数上映することが義務づけられていて、映画館にとってはかなり負担になっていました。けれど、2019年はむしろ積極的に韓国のインディペンデント映画でプログラムを組むという状況で、アートシネマはこれまでにない盛り上がりを見せていました。
例えば、ドンソン・アートホール(2スクリーン/80席)では、『はちどり』で3000人を越える観客を得ました。また、私の映画館「エムシネマ」では、週末に外国人向けに韓国映画を英語字幕で上映していますが、『パラサイト 半地下の家族』の英語字幕上映は満席が続きました。2019年の韓国映画市場の堅調を受けて、15館のアートシネマが加盟する韓国芸術映画館協会では、朝鮮半島の百年の歴史を描いたフランスのドキュメンタリー映画『分断の歴史~朝鮮半島100年の記憶』(2019)を輸入・配給する計画を立てていました。
現在、韓国芸術映画館協会に加盟しているのは、下記の15館です。
江陵(カンヌン) | アートシネマ・シニョン劇場(1スクリーン/115席) |
ソウル | アートナイン(2スクリーン/150席[92|58]) |
ソウル | アートハウス・モモ(2スクリーン/276席[138|138]) |
ソウル | エムシネマ(2スクリーン/103席) |
ソウル | KUシネマテーク(1スクリーン/152席) |
ソウル | フィルムフォーラム(2スクリーン/142席) |
仁川(インチョン) | チュアン・シネスペース(4スクリーン/49席) |
仁川(インチョン) | ミリム劇場(1スクリーン/283席) |
坡州(パジュ) | ヘイリシネマ(1スクリーン/30席) |
大田(テジョン) | テジョン・アートシネマ(1スクリーン/189席) |
大邱(テグ) | ドンソン・アートホール(2スクリーン/80席) |
光州(グァンジュ) | 光州劇場(1スクリーン/800席) |
全州(チョンジュ) | 全州デジタルインディペンデントシネマ(スクリーン1/98席) |
安東(アンドン) | 安東アートシネマ(1スクリーン/133席) |
昌源(チャンウォン) | シネアートリゾーム(1スクリーン/51席) |
KOFICによる支援
2020年1月末、コロナウィルス感染者の発生が報告されると、アートシネマの観客数は激減しました。韓国芸術映画館協会の調査では、加盟館の観客は前年比70〜90%減となり、存続の危機ともいえる経営難に陥りました。とりわけ、自治体との関係が深い映画館や大学の構内にある映画館は、長期休館を繰り返し、1年間の運営日数が5ヶ月にも満たない状況となりました。「エムシネマ」では、毎月の固定費(人件費、家賃、機材リース料等)により、運営史上初の赤字となりました。映画館運営者として最も苦しいのは、この状況においては国の支援制度以外に、この苦境を克服する手段が考えられないということです。特集やイベントを企画したり、積極的に広報をしたりして多くの観客を呼び込むということはコロナ禍では不可能です。
表1:2020年3月~11月観客数・売上の前年比
市 | 映画館 | 観客数 | 売上 |
---|---|---|---|
昌源(チャンウォン) | シネアートリゾーム | -52% | -52% |
全州(チョンジュ) | 全州デジタルインディペンデントシネマ | -94% | -89% |
仁川(インチョン) | ミリム劇場 | -70% | -53% |
安東(アンドン) | 安東シネマ | -62% | -70% |
ソウル | フィルムフォーラム | -62% | -60% |
ソウル | アートナイン | -60% | -61% |
仁川(インチョン) | チュアン・シネスペース | -88% | -92% |
江陵(カンヌン) | アートシネマ・シニョン劇場 | -54% | -55% |
坡州(パジュ) | ヘイリシネマ | -37% | -42% |
ソウル | KUシネマテーク | -64% | -63% |
ソウル | エムシネマ | -43% | -50% |
大邱(テグ) | ドンスン・アートホール | -64% | -68% |
ソウル | アートハウスモモ | -90% | -90% |
大田(テジョン) | 大田アートシネマ | -64% | -62% |
コロナによる影響が深刻さを増す中、3月にKOFIC内にコロナ対策緊急タスクフォースが設けられ、防疫、検疫に対する取り組みもここが担当するようになりました。また、どのような支援策を行うべきか検討が進められ、6月に具体的な支援策が発表されました。全国の映画館を対象とする支援策として、7月には、割引チケットの販売を支援する事業が始まります。通常のチケット料金から6000ウォン(約600円)を割引したチケットを販売して観客の回復をはかるというもので、割引分にはKOFICの支援金が充当されます。アートハウスだけではなく、シネコン等の大型の映画館にもこの割引チケット支援が適用されました。
8月には、感染対策用品の追加支援が行われ、9月には、非接触型の検温カメラがアートシネマ15館に支給されました。11月には第2次割引チケット支援事業が始まりますが、この時期、コロナの感染者数が再び増加して、「映画館に行くのはよくない」という雰囲気になり、すぐに中断されてしまいました。
また、11月には、KOFICの支援を受けて、韓国芸術映画館協会に所属する15のアートハウスで企画展(特集上映)が始まりました。
表2:KOFICによる主な映画館支援策
時期 | 推進事業 | 対象 | 予算 |
---|---|---|---|
1次 | 映画発展基金納付猶予および 加算金免除、納付金額減免措置 | 映画館 | - |
1次 | 消毒液の供給(5000館) | 映画館 | 0.6億㌆ (約564万円) |
1次 | 映画館防疫支援事業の実施 | 映画館 | 7億㌆ (約6580万円) |
1次 | 独立芸術映画館専用館補助金30% 内の人件費使用拡大措置 | 独立芸術映画館 | _ |
2次 | コロナ特別中小映画館企画上映支援 | 観客/映画館/ 配給会社 | 25.5億㌆ (約2.4億円) |
1-2次 | コロナ克服特別下半期 独立芸術映画専用館企画上映支援 | 映画館/配給会社/ 独立映画人 | 4.5億㌆ (約4230万円) |
2次 | コロナ特別映画観覧活性化支援事業(割引券90億) | 観客/映画館/ 配給会社 | 71.5億㌆ (約6.7億円) |
1-2次 | コロナ特別映画観覧活性化支援 1次事業継続 (2次下半期活性化事業施行時) | 観客/映画館/ 配給会社 | 18.5億㌆ (約1.7億円) |
3次 | コロナ特別映画観覧活性化支援 | 観客/映画館/ 配給会社 | 88.2億㌆ (約8.3億円) |
その他、全国の独立映画館15カ所で非接触体温計無料レンタル設置
効果的な支援事業
こういった支援事業が、映画館側にとってどんな効果があったのか。
政府(KOFIC)からの支援策は大きく分けると3つありました。ひとつは企画(特集)上映に対する支援、2つめが割引チケットによる支援事業、そして3つめが感染防止対策のための消毒や関連用品の提供という形の支援です。
実は、最も効果を感じられたのは、これらの新たな支援ではなく、恒常的にKOFICが行っているアートシネマに対する支援でした。具体的には人件費、映画レンタル費(映画料)、家賃などに充当することができる支援です。人件費に対する支援は、通常は2名分のみが対象となるのですが、今年はその人数が拡張されました。また、配給会社に支払う映画料にも支援金を充当することができるようになりました。映画館にとってはこういった通常の活動にかかる経費に対する支援が支援策の中でもっとも有効だったと評価しています。
次に効果を感じたのは、非接触型熱感知カメラの提供です。 三番目は、韓国芸術映画館協会に加盟する15のアートシネマで開催する企画上映(特集上映)を支援する事業です。企画上映支援事業は、夏にも行われましたが、11月に行われた第二次支援事業のほうがより効果を感じることができました。この事業は、15の映画館で、(互いに重ならないように)130数本の作品を1カ月弱に渡って上映するというもので、監督だけでなく、撮影監督や配給会社の代表など、映画界全体の様々な関係者を招いて、58回ものティーチインを実施しました。(KOFICの支援総額約2億8000万円)
表3:KOFICが支援した企画上映の概要
アートシネマ・シニョン劇場(江陵)[11/23~11/30]
―2020年夏、再び
69歳 グクド劇場 狼を探して(東アジア反日武装戦線) 野球少女 ファンファーレ
―カサヴェテスの顔
アメリカの影 フェイシズ オープニングナイト チャイニーズ・ブッキーを殺した男
光州劇場[11/17~11/25]
―Save Our Cinema 私たちの映画の顔
キムくん ツタの葉 わたしたち ウェルカム・トゥ・X-ワールド ユンヒへ 荒地 5月の闘い
―巨匠のフィルモグラフィー ミヒャエル・ハネケ作品集
ファニーゲーム 白いリボン 隠された記憶
デジョン・アートシネマ[11/26~12/2]
―ローカル映画の小さな波
マダム・ベー‐ある脱北ブローカーの告白 ほか
―映画の大きな波 アニエス・ヴァルダ作品集
5時から7時までのクレオ ジャック・ドゥミの少年期 歌う女、歌わない女 ラ・ポワント・クールト
ドンソン・アートホール(大邱)[11/23~11/30]
―栄光の季節
小公女、鳥類人間 ほか
―私たちの小説
母なる復讐 20センチュリー・ウーマン パターソン フォックスキャッチャー
ソウル・アートシネマ・シネマテークソウル[11/3~11/8]
―ノンフィクションをめぐって
天山の歌姫 姉チョン・ジヒョンと私 小さな光 卒業
―美しいフィクション:エリック・ロメール作品集
緑の光線 満月の夜 飛行士の妻 美しき結婚
シネアートリゾーム(昌源)[11/19~11/30]
―ジャーナリズム、ドキュメンタリーとディケ(定義の女神)
光州ビデオ:消えた4時間 その日、その海 瑞山開拓団 幽霊船 スパイネーション/自白 ほか
マイケル・ムーアの世界侵略のススメ ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 華氏119
アートナイン(ソウル)[11/9~11/15]
―映画の顔:キム·ジョングァン監督特集*監督ティーチイン
ザ・テーブル 4つのストーリー 誰もいないところ 最悪の一日
―映画の顔:ラース・フォン・トリアー監督特集
ドッグヴィル メランコリア イディオッツ 奇跡の海
―映画の顔:特集・韓国独立映画の新しいジャンル *ベク・スンギ監督 ティーチイン
仁川ステラ ゾンビクラッシュ:ヘイリ
アートハウス・モモ(ソウル)[11/18~11/24]
―KEEP CALM AND MONO ON
ともにON:ディーパンの闘い アンニョン・ミヌ
労働ON:影の島 危路工団
女性ON:未成年 燃ゆる女の肖像
ユースON:私が生きる世界 パク・ファヨン
安東アートシネマ[11/24~11/29]
―海外のアート映画 - チャン・イーモウ監督作品集
秋菊の物語 紅いコーリャン 活きる 紅夢
―韓国のインディペンデント映画- パンデミックを超えて、癒しとヒーリング
ムルスム(水の息) バプジョン 若者のひなた 漆谷ガシナたち
エムシネマ(ソウル)[11/23~11/29]
―過去と現在、私たちのフィルモグラフィ
かもめ キムミゾ監督ティーチイン
風よ霧を歩いてくれ シンドンミン監督ティーチイン
スチールフラワー パクソギョン監督ティーチイン
我が家 ユンガウン監督ティーチイン ほか
―私たちのドキュメンタリー作家:カン·ユガラムとイ·ギルボラ
記憶の戦争 私たちは毎日 カン・ユガラム監督ティーチイン
―私たちの映画会社
配給会社ティーチイン:ウンディーネ トランジット インディアイル
全州デジタルインディペンデントシネマ[11/12~11/25]
―空白の時間,取り戻した映画
夏時間 夏の日 移葬 恐怖分子 ブータン 山の教室 ほか
フィルム・フォーラム(ソウル)[11/16~11/24]
―家族のプリズム
はちどり 家族を想うとき 万引き家族 アメイジング・ジャーニー 神の小屋より フロリダ・プロジェクト ほか
ヘイリシネマ(坡州)[11/16~12/4]
―予想外の旅
UFOスケッチ 扮装 焦眉の関心事 コーヒーノワール:ブラックブラウン トラより恐ろしい冬のゲスト バンクシー ニコス・カザンザキス ターシャ・テューダー ポンヌフの恋人 ホーリー・モーターズ
KUシネマテーク(ソウル)[11/13~11/20]
―セクション1 青春,私たちの話
なまず 足球王
―セクション2 青春、青、ときにはブルー
きみの鳥はうたえる 夜空はいつでも最高密度の青色だ
―セクション3 青春、よその国で
台北ストーリー ひと夏のファンタジア
一方で、KOFICの支援事業、特に上半期に行われた事業の中には、アートシネマのニーズに合わない、ニーズが反映されていない事業もありました。7月に行われた割引チケットによる支援事業ですが、これはアートシネマというよりも、シネコンを主な対象としていて、まず、シネコンなどの大型の映画館から先に始められました。当初、アートシネマは割引チケットの対象になっていなかったため、コロナ禍ですでに減少していた観客のほとんどが、割引チケットが使えるシネコンに流れてしまうという結果を招きました。エムシネマでも、シネコンでの割引チケット支援事業が始まると50%以上も観客が減少することになってしまいました。さらに、割引チケットはオンラインでの販売に限定されていたため、これを活用できるのはオンラインのチケット販売システムを持つ大型のシネコンばかりだったということもあります。オンラインのチケット販売に対応できるアートシネマは限られていて、すぐにこのシステムを活用することができませんでした。 上半期は、KOFICも映画館も、コロナの発生~感染拡大への緊急の対応に追われて、スムーズなコミュニケーションが取れる状況にありませんでしたが、下半期になって、お互いに様々な情報を共有しあい、コミュニケーションできる状況に変わってきています。
「Save Our Cinema」キャンペーン
インディペンデント・アートシネマを存続させるための方策が模索される中、2020年5月には、インディペンデント映画・アート系外国映画の配給会社、監督などの映画人や俳優たちを中心に「Save Our Cinema」プロジェクトが始まりました。これは、コロナの感染者数が増加するにつれ、映画館に対する影響が深刻なものとなり、アートシネマの存続が危ぶまれる状況にあることを、観客と映画人に知らせるために行われたキャンペーンです。アートシネマを守ることができなければ、韓国映画界は非常に大切な価値のあるものを失うことになってしまう。多くのインディペンデント映画、アート系映画を上映するアートシネマは、映画人のキャリアの出発点であり、これが失われれば、映画人も観客も、大きな悲しみ、喪失感を感じるだろう。映画に対する愛、そして、アートシネマを大切に思う気持ちを共有し、“自分自身の映画館”を探そうと勧める「Save Our Cinema」プロジェクトは現在も継続しています。
「私の生涯のインディペンデント・アート映画」や、自分自身の映画館の思い出を「私のアートシネマ」としてSNSで共有することから始まり、まず、俳優のチョン・ウヒ、キム・ヘスらが参加しました。続いて映画「私はボリ」(2020)の公開に合わせて映画に出演した俳優たちがそろって参加、「Save Our Cinema」は広がっていきました。KOFICの割引チケット支援事業も「Save Our Cinema」プロジェクトと連動することで、より効果的に拡大することができました。
11月には、先述の「企画上映支援事業」が始まります。この事業も「Save Our Cinema」プロジェクトと連動して、「私たちの映画の顔」というタイトルの特集上映を、韓国芸術映画館協会加盟の15のアートシネマで11~12月にかけて開催しました。(※表3参照)この企画は、韓国におけるインディペンデント・アート映画の10年間を回顧するもので、観客と一緒につくってきた映画の時間を、映画の上映と、映画に現れる様々な「顔」にスポットを当てて振り返るとともに、インディペンデント・アート映画の未来を考えるというものです。映画の作り手と技術スタッフに焦点を当てた「私たちのフィルモグラフィー」、時代を鋭く描いてきたドキュメンタリー映画を特集する「私たちのドキュメンタリー作家たち」、インディペンデント・アート映画の製作・配給会社の役割をみつめる「私たちの映画会社」という3つのテーマで構成されました。全国15の映画館で合計130本の映画を上映、俳優から撮影監督、編集、監督、配給会社の代表など、様々な人たちによるトークイベントを実施しました。
「Save Our Cinema」プロジェクトは、多くの人にアートシネマがおかれている状況を伝え、KOFICの支援事業と連携することで、プロジェクトの意味をさらに拡大させことができました。しかし、コロナの影響は長期化するものと考えられます。今後も、多くの人に映画館が置かれている厳しい状況を共有していただき、アートシネマの魅力や重要性を知っていただき、すべてのアートシネマが、コロナ後の回復期を迎えることができるように、「Save Our Cinema」プロジェクトの協力に大きな期待を寄せています。
コロナ後のインディペンデント・アートシネマ
大手のシネマコンプレックス「CJ CGV」は、コロナの影響で経営難となり、 10月26日以降、アートシネマスクリーン「CGVアートハウス」のうち、大学路、明洞シネライブラリー、登村、研修駅、洪城、タラアカデミー、光州錦南路の7スクリーンでの上映を休映し、同日より映画館入場料1000~2000ウォンの値上げに踏み切りました。一方、独立系のアートシネマは、コロナにより経営、映画館運営に多くの困難を抱えながらも何とか持ちこたえています。アートシネマは弱小ではあるものの、商業ベースでは運営しておらず、規模も大きくないため、観客の減少による被害を最小限に抑えることができるという側面もあります。オオ・シネマ、アートナイン、フィルムフォーラム、エムシネマ、ドンスン・アートホール、ヘイリシネマ、シネアートリゾームなど、30~100席未満の劇場は、シネコンに比較すると、映画館の損益分岐点とされる平均座席占有率30%の数値、最小観客数がかなり低くなります。小規模映画館の運営システムは、大きな利益を出すことはありませんが、逆に大きな損害を避けることができる、危機に持ちこたえることができる生き残る力を持っているということができます。インディペンデント・アートシネマの経営者の多くが、経済的な利益よりも、映画の上映の文化的意味に大きな関心を持っています。様々なプログラムを通して観客に近い存在として、映画館そのもののファンを育ててきました。それが、コロナ禍においてもアートシネマが一定の観客を確保している背景にあります。 そういう意味では、小規模なインディペンデント・アートシネマの見通しは厳しくはあるものの、そう悲観的ではありません。屋根裏シネマ、独自休講シネマ、そしてポップアップシネマ(コミュニティシネマのオンラインプラットフォーム)等、特色のある、多彩な上映空間も生まれています。映画館といえば、シネコンのような200インチを超える大きなスクリーン、カップホルダー付きのゆったりした椅子などが思い浮かべられますが、インディペンデント・アートシネマは、そういった決まりきった形とは異なる映画館のあり方を選択しています。また、これらの映画館は、シネコンで実施するのは難しい、観客参加型の特集企画や短編映画の上映と小規模な教育プログラムなどを企画して、観客とより深く、直接的に関わっています。
このようなアートシネマのあり方が、地域の文化の生態系を活性化させることにもつながっています。コロナ以降は、アートシネマのようなオルタナティブな劇場オペレーティングシステムに注目する必要があります。地域の小規模劇場(アートシネマ)は、地域の文化を活性化するだけではなく、継続的に文化芸術コンテンツを体験できるプラットフォームを提供することで、観客を流入させ周辺商圏の活性化にも貢献することができるのです。
インディペンデント・アートシネマ等、小規模劇場の活動を活性化し、広げるためには、映画館(劇場)許可の基準を下げ、一般の映画館とは異なる形でも、統合前売りネットワークに登録されるようにする制度的支援が必要です。また、映画館の多様なあり方、多様な運営方法の可能性を伝えるため、映画館(アートシネマ)設立のための方法やノウハウを共有することができる教育プログラムも重要となります。インディペンデント・アートシネマがコロナ禍を生き抜くために考え、取り組んできた試みが、今後、インディペンデント・アートシネマが持つ特性、重要性を高めること、自生力の根をさらに深く伸ばすことになると信じています。