フランスにおける「映画館のサブスク制度」
井上 遼(国際交流基金 パリ日本文化会館)
パリで暮らしはじめてからというもの、わたしが月々の映画鑑賞に支払う金額はだいたい決まっていて、月々34ユーロほど(現在のレートで約5,000円)。フランス大手シネコンチェーンUGCの会員料金で21.9ユーロ。シネマテーク・フランセーズの会員料金で11.9ユーロ。いずれも会員には映画鑑賞無制限のカードが発行される。しかもUGCカードに至っては、UGC系列だけでなく、提携先のMK2系列のシネコン、さらには名画座・ミニシアターなどパリ市内の多くの独立系映画館で利用可能である。映画館以外の施設での上映などを除き、封切り作品はおよそこのカード一枚で事足りる。さしずめ「映画館のサブスク(サブスクリプション、定額)制度」である。
フランスの映画鑑賞料金は日本と異なり、劇場や上映日時によって大きくばらつきがあるが、平均価格は7ユーロ(約1,000円)と言われ(注1)、月会費が21.9ユーロのサブスク会員は、月に3,4本の鑑賞でもとが取れる計算になる。観客としてひとたび「見放題」の恩恵に与ると、映画館との心理的な距離にも必然的に変容が生じる。1,900円のチケット代を払ってまで見る価値はないかもしれない、と鑑賞を取りやめることはなくなり、あまり気分が乗らない日でもより気軽に映画館に足を向けられるようになった。さらには同じ作品を何度か見にいくことも躊躇わなくなる。ふらりと映画館に立ち寄って、ロビーで見る作品を決め、カードを提示するだけ。まさに映画好きにとっては夢のような仕組みだ。本稿では、そうしたフランスにおける映画館のサブスク制度の仕組みと歴史を紹介したい。
「映画館のサブスク制度」とはどんなサービスなのか
フランスには大手シネコンチェーンは7社あり(フランス全体の年間興行収入のうち1%以上を占める会社と定義される)、映画館数の多いものから列挙すると、Les Cinémas Pathé Gaumont !(81館、以下Pathé)、CGR(74館)、UGC(52館)、Megarama(20館)、SAS Cinéville(16館)、Kinépolis(14館)、MK2(12館)となる。この7社が経営する映画館は、フランス全体のスクリーンの4割以上を占め、全国観客動員数の半数以上を記録している(注2)。
このうち現時点でサブスク制度を導入しているのは Pathé と UGC(MK2 と提携)の大手二社であり、この二社の提供するサービスは、条件や内容に若干の異同はあるがほぼ似通っている。以下はUGC社が提供する「La carte UGC Illimité – Mk2」のサービス内容である(2023年5月現在)。
注1 「フランス映画館連盟(FNCF)」代表の発言を参照.
https://www.europe1.fr/culture/le-printemps-du-cinema-pourquoi-la-place-passe-t-elle-a-5-euros-4170854
注2 「フランス国立映画センター(CNC)」が発表した2022年の報告による.
https://www.cnc.fr/documents/36995/153434/Bilan+2022+du+CNC.pdf/70f30016-66c4-bff1-229d-b855ebf4f295?t=1684241443764
La carte UGC Illimité – Mk2
カードの種別
UGC Illimité 1:月額 21.90 ユーロ(カード保有者のみ)
UGC Illimité 2:月額 36.80 ユーロ(随伴者1名まで無料)
UGC Illimité -26 ans: 月額17.90 ユーロ(26歳以下)
概要
・会員加入手数料は、キャンペーン期間を除き30ユーロ。加入後一年間有効(一年間の加入義務が発生)。15歳以上のみ加入可。
・カード番号を入力することで、オンラインでも事前予約可能(一部劇場はカード予約不可、当日受付のみ)。
・パリでは市内に所在するUGC系列の13館のほか、提携するMK2系列の12館、独立系の映画館34館で有効。その他、カード提示により割引を受けられる映画館もある。
「UGC Illimité」と「CinéPass」
Pathéが提供する会員制度「CinéPass」のサービスは、月額料金はUGCに比べてやや廉価であるが(月々19.90ユーロ)、パリ市内の提携館数は見劣りする。一方、同社の映画館はIMAXやDolby Cinemaなど最先端の設備をもつスクリーンが多く、会員も追加料金を支払うことで、そうした特殊な上映回の鑑賞も可能となっている。わたしの印象では、いわゆるシネフィルと呼ばれる人たちほど、より多くの映画館でカードが使えるUGCを選ぶケースが多い。
2000年、フランス初の「映画館のサブスク制度」スタート~フランス映画興行史上最大の「事件」!?
フランスではじめて映画館のサブスク制度が導入されたのは20年以上前に遡る。2000年3月、UGC社は突如として「サブスク制度」の導入を発表した。月額98フラン(14.94ユーロ、約2,000円)で、同社の運営館で映画見放題というもので、このサービスの登場は、当時映画産業のエコシステム全体を揺るがすものとして大きな議論を巻き起こした。
先立つ1990年代初頭のフランスの映画業界は、諸外国と同様、冬の時代を迎えていた。年間4億人前後の観客動員を誇った1960年頃をピークに観客数は減少に転じ、テレビやビデオの台頭により映画(館)離れに拍車がかかり、1992年の観客動員数は、コロナ禍を除くと戦後最低となる1億1,600万人まで落ち込んでいる。
フランス初のシネマコンプレックス(8スクリーン以上を保有する映画館と定義)が登場したのはその翌年(1993年)のことである。シネコンはまたたく間に全土に広がりを見せ、結果として観客動員数もゆるやかな回復傾向にあったものの、依然として映画館離れは深刻な問題であった。そのような時代に、他のシネコンとの競合に勝つという意図があったにせよ、UGC社は映画館に観客を呼び戻し、ひいては映画の多様性を守るという大義を掲げ、前代未聞のサブスク制度を打ち出したのである(注3)。
しかし、導入開始から間もなく、独立系映画館の運営者を中心に次々と反発の声が上がり、いくつかのメディアからも小規模な映画館が消失してしまうのではないかという危機感が示された。フランス映画興行史上最大の「事件」だとする声もあった。こうした事態を受け、文化通信省(当時)は同年5月にUGC社にサービスの一時停止命令を出すにいたる。さらに、同サービスは市場自由競争に反するとして、複数の映画館による連名の告訴まで提出され、初のサブスク制度の導入はきわめて波乱に満ちた船出となった。
だが同年7月に告訴は棄却。UGC社はただちにサブスク制度を再開し、翌月には業界大手のPathé社とGaumont社がUGC社に対抗して、それぞれ同種の制度導入を発表した(当時は別会社)。この時期を境にミニシアターや名画座などの独立系映画館も徐々に「見放題カード」の受け入れをはじめ、このサービスの影響はフランスの映画産業全体に及ぶこととなった。導入初年度の累計では、三社のサービス合計で20万人を超える会員を獲得し、カード利用による映画動員数は460万人を記録した。
注3 2020年3月のフランスでの導入以前、UGC社は同グループが保有する英国のチェーン「Virgin」で試験的にサブスク制度を導入し、成功を収めていた。
1945年以降のフランス国内の映画観客動員数(5年毎)
CNC発表のデータに基づき筆者作成
CNCが「サブスク制度」に関する条項を制定
翌2001年には、早くもフランス国立映画映像センター(CNC)が所掌する「映画産業法典(Code de l’industrie cinématographique)」に映画館のサブスク制度に関する条項が盛り込まれる。
(1)同制度を導入する事業者は事前にCNCの承認を得る必要があること
(2)事業者はカード利用による一動員ごとに上映作品の権利者などに対して「基準価格」を支払うこと
(3)また他の映画館運営者から提携の要請があれば公正に応じ、動員ごとに「基準価格」に基づいて精算をすること
などが明記された(「基準価格」については後述)。
これらの条項は一見するとシンプルに見えるが、実に奥が深い。大手民間企業が導入した新たな仕組みを阻害することなく、一方ではより小規模な独立系映画館の存続のための配慮がなされている。法によって映画産業全体の均衡を維持しようという意図が窺える、CNC設立以来の「映画の多様性を担保するのは映画館の多様性である」という精神に立脚した法整備である。
最初期の混乱を経て、映画鑑賞料金の値上げに伴う会員料金の価格改定や映画会社の合併分割など変遷はあったものの、20年以上にわたってサブスク制度の基本的なモデルは変わっていない。当初はわずかだった提携館の数も増え、今日のパリではほとんどの映画館で大手二社の提供する見放題カードのいずれかが利用できるようになった。導入当時は「事件」だと騒がれた映画館のサブスク制度も、すでに一定の成熟に達し、映画業界のエコシステムのなかに取り込まれたと言っていいだろう。
新しいシネフィルを育てる会員制度?~パリでは観客の4人に1人がカードを活用
では、この制度はフランスの映画産業にどのような変化をもたらしたのか。
実際はさまざまな要素が絡み合っているため、この制度の影響だけを測定するのは困難だが、CNCが発表しているデータなどからいくつかの数字を拾っていきたい。
2022年はフランス国内で1億5,200万人年間観客動員数があった(注4)。コロナ禍以前の2019年の水準(約2億人程度)には至っていないが、前年度比では60%近くの増加が見られた。そのうちサブスク会員の観客動員数は1,080万人で、全体の7.1%を占める。カード利用による動員の割合は、導入以来ほぼ同程度の水準を維持している。こうした数字だけを見ると、サブスク制度を選択する鑑賞者は少数派のシネフィルにとどまっているようにも思われる。
だが、パリに限って言えば、映画鑑賞者に占める会員の割合は飛躍的に高くなる。カード利用者はパリ首都圏だけで全体の約8割を占め、それ以外の地域の割合は2割程度にとどまる。フランス全体では1割に満たないカード利用者も、パリでは4人に1人の高水準となる。
パリ1区「UGC Ciné Cité Les Halles」
国内最多の27スクリーンを有し、2022年の観客動員数は世界一の222人万人を記録した
注4 2022年のフランス総人口は6,460万人であり、一人当たりの年間映画鑑賞平均本数は2.35本。同年の日本は一人当たり年間1.21本であるため、コロナ禍以前に比べて縮小したが、依然として倍近くの差がある.
映画館のサブスク制度はフランスにおける映画の多様性に貢献している
UGC系列における公開作品の規模ごとのデータに目を転じると、観客動員に占めるカード利用者の割合は、50万人以上の動員を記録した大作では14%に過ぎないのに対し、10,000人未満の小規模作品については、その半数以上がカード利用による(注5)。こうした小規模作品には欧米以外の地域で製作された作品も数多く含まれており、UGC社の代表は、導入当初目的に掲げたとおり、映画館のサブスク制度はフランスにおける映画の多様性に貢献していると語る(注6)。事実、サブスク会員の90%以上がカードのおかげで鑑賞する映画の幅が広がり、以前は見なかったような映画を発見したという(注7)。
また、サブスク制度は観客の鑑賞リズムにも大きな影響を及ぼす。サブスク会員の9割は平均すると週に1回は映画館に足を運んでいるが、会員加入以前の鑑賞リズムは、月1回以上週1回未満が半数程度、また月1回未満が4分の1程度だったという。映画館のサブスク制度は、元来映画館通いを常習とするシネフィルにのみ開かれているわけではなく、ライトな映画ファン層を新たに取り込み、シネフィルへと育て上げることにも成功したのである。こうした観客は、会員制度なしではともすると興味関心が向かなかったはずの小規模な作品をも発見したかもしれない。二社合計のサブスク会員数はコロナ禍以前までは30万人程度で安定して推移しており、このことは多くの観客がサービスに一定の満足を覚えていることの証左でもある。サービス提供者が「映画の多様性」に一役を買っていると胸を張るのも頷ける。
注5 Priscilla Gessati, L’exploitation cinématographique en France, DIXIT, 2017.
注6 Les dessous de la carte illimitée UGC-MK2, Figaro, 2007年9月5日公開. https://www.lefigaro.fr/medias/2007/09/05/04002-20070905ARTFIG90108-les_dessous_de_la_carte_illimitee_ugc_mk.php
注7 元老院によるレポート L’évolution du secteur de l’exploitation cinématographique(2003年5月21日掲載)参照. 次段落のデータも同様.
パリ13区「MK2 Bibliothèque」外観
MK2系列最大の20スクリーンを有する
ビジネスモデルとしてのサブスク制度
– 基準価格の設定
映画館のサブスク制度はビジネルモデルとしてどのように成り立っているのだろうか。
サービス提供者が動員ごとに負担する金額は、先の条文にもあった「基準価格(Prix de référence)」としてあらかじめ定められており、この基準価格をもとにした作品権利者などに分配されていく。過去数年で変動はあるが、2022年時点の基準価格は、UGC社は5.12ユーロ、Pathé社は5.08ユーロであった(注8)。「基準」と名付けられているのは、一部のモーニングショーなど一般鑑賞料金が基準価格を下回る場合は、その低い金額に合わせて支払いが行われるためである。基準価格は「最低保証金額(minimum guarantee)」ならぬ「最高保証金額(maximum guarantee)」と考えてよい。
サービス提供者はカード利用による動員のたびに各劇場や配給会社に対して精算の義務を負うが、月々徴収する会員料金の収入を超える支出が発生すると、制度自体のビジネスモデルが成立しなくなる。UGC社の会員制度の場合、月額料金の21.9ユーロに対し、基準価格は5.12ユーロであるため、損益分岐となる会員の月々の平均鑑賞回数は4.27回である。すなわちすべての会員が週に1回以上のペースで映画鑑賞をすると赤字になる計算だ。UGC社をはじめとするサブスク制度の提供者は、好きなだけ映画が見放題だと会員を焚きつける一方で、実際にはカードを使われすぎても困るというジレンマを抱えている。
2008年に再度実施されたCNCの調査によれば(注9)、諸経費も考慮するとサービス提供者の収益バランスはマイナスになったこともあるようである。実際には来場者の軽食等売上収入や他の観客への宣伝効果なども考慮に入れてサービスは継続されてきたが、提供者は収益改善のため、たびたび会員料金の値上げや基準価格の変更によるビジネスモデルの調整を試みた。月額料金の値上げは会員を失うリスクがある一方、基準価格の変更(配当額の減額)は稗益者からの反発に遭遇する。とはいえ決定権はサービス提供者にあり、サービス提供者と稗益者の力関係は非対称なものにならざるをえない。
注8 CNC発行の2022年の報告書による.
注9 CNC発行の2008年4月に発表した調査報告書「L’économie des abonnements à entrées illimitées au cinéma」による.
– 基準価格の配分
基準価格の配分はどうか。まずサブスク制度の如何を問わず、作品の配給に際しては、作品ごとに事前に劇場と配給会社のあいだで貸出歩合(taux de location)が取り決められる。その歩合は作品や条件によって異なるが、日本同様、新作の場合は50:50が一般的のようである。ここから映画館入場税や音楽使用税といった税が差し引かれ、実際に配給会社や劇場側の手元にわたるのは、それぞれ1動員につき2ユーロ程度となる。カード利用による収入単価は通常のチケット収入単価に比べて低く、事実、制度導入後の1動員あたりの興行収入平均価格は以前に比べてわずかに減少している。その一方で一部の小規模な作品を取り扱う配給会社では、カード導入以後に利益が増した(動員が増えた)というケースもあり、その功罪を厳密に見きわめることは難しい。
カード利用による動員が全体の半数を占める10,000人未満の小規模作品を上映する映画館の多くは独立系に当たるが、いまやこれらの映画館にとってもカード利用による動員は重要な収入源となっている。各館ごとに導入以前と以後の収入への影響はさまざまだろうが、仮に収入低下をもたらしているにせよ、これだけ制度が普及したいま、カード受入れを取り止めることは(少なくともパリにおいては)あまり現実的とは言えない。
実際にわたしが実際に話を聞くことのできた独立系映画館で働くスタッフは、カード利用者が看過できないほどの割合を占めている現在、カード利用を取りやめると多くの観客を失うことになるので、そもそも提携以外の選択肢は与えられていないと複雑な面持ちで語っていた。アンケート調査においてもカード所有者の4分の3はカードが使える映画館にしか足を運ばず、さらに半数近くはひとつの劇場にしか行かないと答えている(とりわけ地方や高齢者で顕著な現象)。
こうしたサービス提供者が実質的には大手二社しかないという状況も望ましいとは言えないだろう。20年余りの歴史があるとはいえ、ひとたびその均衡が崩れれば、一社による寡占状態にも陥りかねず、不平等な力関係をさらに加速させてしまうリスクを抱えている。2023年4月、パリ以外の地方都市で映画館を展開している業界第5位の「Megarama」も新たにサブスク制度の導入を準備中と報道があり、今後もフランス国内の業界の動きには注視していく必要がある。
パリ5区「Le Champo」 外観.
同じ通りに並ぶ「Reflet Médicis」「Filmothèque」とともにカルチエ・ラタンのパリを代表するミニシアター. いずれもカード利用が可能
「映画館のサブスク制度」は日本で導入可能か~CNCのような映画を専門とする公的機関の重要性
日本でも、同様の映画館のサブスク制度の導入は検討可能だろうか。
さまざまなパラメータが複雑に絡み合っているため一概に結論を下すことは困難であるが、フランスのモデルからいくつかのヒントは引き出せるように思う。
まず、フランスの映画館のサブスク制度の豊かさは、業界大手のシネコンチェーンが提供するサービスが他の映画館にも開放されていることにある。これは第一に利用者目線での「旨み」であるが、映画産業全体のエコシステムを維持するための必要条件でもあるだろう。独立系の映画館が興行を担ってきた「アート系」作品がシネコンのスクリーンで上映されることが増えた現在、上映作品のプログラミングでは、シネコンとそれ以外での明らかな差異を生み出しづらい状況にある。大手シネコンチェーンがサブスク制度を単独で導入した場合、同じ地域の独立系映画館は観客の多くを失ってしまうことは免れない。サブスク制度のサービスに他館も障壁なく参画できることが、映画文化の多様性を維持していくためには欠かせない点である。
したがって、それが法によって保障されていることは決定的に重要である。中長期的な視座に立ち、企業の暴走を防いで公益に資することが法律の役割だとすれば、まさにCNCの「映画産業法典」はそのように機能している。UGC社のサブスク制度導入からわずか一年という驚異的な早さで、制度に係る条文の施行に至ったことに、CNCという映画を専門とした公的機関の組織としての充実をみることができる。
わたしが本稿で紹介したデータの多くもCNCの調査に立脚しており、ここでは紹介しきれないほどの多角的な観点で仔細な分析が施されていた。ひとつの大手企業がはじめたサービスに、公的機関のイニシアチヴによって、ただちに客観的な立場からサービスの課題分析やさらなる改善に向けた調査を実施し、法律策定を成立させたことからは、サービス自体の業界に与えたインパクトの大きさのみならず、フランスの映画業界全体の風通しのよさを見てとることができるように思う。
21世紀の映画業界にとって、新たな映画人口の発掘や定着は世界共通の課題である。新たなシネフィルを育てることに一定の貢献を果たしたフランスの映画館のサブスク制度は、日本でもその解決策のひとつになるかもしれない。その具体的な検討にあたっては、CNCのような映画を専門とする公的機関の先導のもと、大手シネコンチェーンやミニシアター、映画会社などの関係機関が同等の力関係のもとで参画し、新たな映画館のサブスク制度のシステムを練り上げていく必要があるだろう。そうしたプロセスを経ることで、フランスの制度よりもすぐれた「映画(館)の多様性」を守るための仕組みに辿り着くことがはじめて可能になる。
井上 遼(いのうえりょう 独立行政法人国際交流基金パリ日本文化会館)
1993年、岡山県津山市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科哲学コース修了。2019年に独立行政法人国際交流基金に入職し、映像事業部映画チームを経て、2022年12月からパリ日本文化会館で映画事業を担当。そのほか、主たる個人活動としては『アボカドの固さ』(2019)自主製作・自主配給など。