Arthouse Press 藝術電影館通信

ARTICLES & REPORTS

【特集】映画館(上映活動)の現状に関する詳細調査-3

ARTICLES
2025年7月23日

「映画館(上映活動)の現状に関する詳細調査」では、ミニシアターの活動を質的な観点から検討するために、人口が30万人規模の地方都市のミニシアターおよび、都心に近く人口規模も大きい都市のミニシアター、さらに近隣に映画館のない地域での自主上映活動の三つをモデルとして取り上げる。それぞれの活動で1年間に上映された作品の作品名や製作国、公開規模(当該作品が国内でどれほど多くの館で上映されたか)、ゲスト招聘を含む関連イベントの有無などを一覧で示すことで、地域における上映活動の「多様性」と「地域性」を計測することができるようになるだろう。この調査は入口にすぎず、全国のミニシアターの協力を得ることができれば、今後は、空間的にも時間的にも、その対象を拡張して、データを集積していくことを試みたい。

目次

[1] 映画館(上映活動)の現状に関する詳細調査

 (1) 3つの映画館(上映活動)のレポート

  シネマテークたかさき|横浜シネマリン|みやこ映画生協

 (2) レポートを読み解く指標

  ① 上映作品の多様性

  ② 関連イベント-地域性に即した上映活動の教育的・社会的機能

  ③ さらに必要な指標・データ

[2] 「映画館(上映活動)の現状に関する詳細調査」について

[3] 課題と展望


2. 「映画館(上映活動)の現状に関する詳細調査」について

川村健一郎|立命館大学映像学部教授

「地域における豊かな映画環境の創造」を目指して、コミュニティシネマ憲章が採択されてから20年以上が経過した。その間に、上映メディアはフィルムからデジタルへと転換し、またNetflixをはじめとする動画配信サービスが広く定着する一方で、映画館での公開本数は約2倍の1,300本程度にまで増加した。映画館への甚大な被害をもたらした東日本大震災やコロナ禍も、この間に起こった出来事である。コミュニティシネマとしての映画館(ミニシアター)は、そうした苦境に晒されながらも、憲章に謳われている「使命」をふまえて、地域における映画環境を豊かにするための活動を着実に続けてきた。

その使命とは、「上映環境の地域格差の是正と上映作品の多様性の確保」、「多様なコミュニティに対する多様な上映機会の提供」、「メディアリテラシーの向上など教育的使命を実現すること」、「地域に対する貢献」の四つである。映画館の社会的機能を研究している東海大学准教授の石垣尚志は、この使命に直接言及しているわけではないが、複数の地方都市のミニシアターの調査をふまえて、これらの使命を、端的に「多様性」と「地域性」と読み換えている(石垣尚志「地方都市における映画文化と映画館」『文化政策研究』7号、2014年、188-190頁)。観客の多様な属性と選好に応じることができるように、製作国やジャンル、時代を限定しない、種々雑多な映画群が上映されていること、地域において映画という芸術表現への学びの場が提供されていること、こうした活動を通じて、地域の様々なアクターとの連携が試みられていることは、ミニシアターの特性として、改めて強調されてよい。

「新しい資本主義」の名のもとに、いわゆるコンテンツ・クリエイターの育成が声高に叫ばれるようになった今日、この使命を顧みることには意義がある。なぜなら、コロナ禍におけるミニシアターの支援に立ち上がり、3億円以上の支援金を集めたミニシアター・エイド基金の取り組みが示してくれたように、映画に関わるクリエイターにとって、ミニシアターは映画文化の多様性を守り、長年にわたって地域文化を育んできた存在であり、世界各国の、また様々な時代の映画を体験させてくれた学びの空間であったからである。

内閣府の「新しい資本主義実現会議」において、是枝裕和監督が「少なくとも今の40代までの監督たちは、このようなミニシアターで多様な映画に触れることで監督になっています。観客も同様に、その体験を核にしてコアな映画ファンを形成してきました」と述べたことは記憶に新しい(「新しい資本主義実現会議(第26回)」)。このように、「映画を観る環境」の豊かさを維持していく努力が、クリエイターの育成においても不可欠なのだという教育的視点は、ミニシアターをめぐる文化政策を考えるうえで、これからいっそう重要になってくると思われる。

しかし、実際のところ、各地域のミニシアターは具体的にどのような活動を展開しているのか。
ミニシアターはほとんどがいわゆる系列館ではないので、それぞれ独立事業者である。また、基本的に観客に対するチケット売り上げによって経営されているので、地理や人口規模によって、その活動内容も必然的に一律ではない。

コミュニティシネマ憲章の採択を受けて設立されたコミュニティシネマセンターは、2006年度以来、『映画上映活動年鑑』を発刊して、全国諸地域における映画館数(スクリーン数)、上映本数などのデータの集積を進めてきた。これらは確かに「上映環境の地域格差」を計測するために必要な情報であるが、上記のような、個々の映画館の上映活動の質を評価するには適していない。実際に、ミニシアターはどれほど多様な作品を上映し、どのような教育的使命を担ったイベントを実践し、どのように地域のアクターとの連携に取り組んでいるのか。ミニシアターに通い続けている人々には、日常的に体感されていることではあるが、こうした映画館が日々実践している上映活動を一望するデータはこれまで十分に調査されていなかった。

ここでは、改めて、ミニシアターの活動を質的な観点から検討するために、人口が30万人規模の地方都市のミニシアターおよび、都心に近く人口規模も大きい都市のミニシアター、さらに近隣に映画館のない地域での自主上映活動の三つをモデルとして取り上げる。それぞれの活動で1年間に上映された作品の作品名や製作国、公開規模(当該作品が国内でどれほど多くの館で上映されたか)、ゲスト招聘を含む関連イベントの有無などを一覧で示すことで、地域における上映活動の「多様性」と「地域性」を計測することができるようになるだろう。この調査は入口にすぎず、全国のミニシアターの協力を得ることができれば、今後は、空間的にも時間的にも、その対象を拡張して、データを集積していくことを試みたい。


3. 課題と展望

とちぎあきら|フィルム・アーキビスト/コミュニティシネマセンター理事

映画館とは、とても親切な商売である。劇場のスクリーンに映像を投影し、その体験を観客にサービスとして提供することを旨とするビジネスであるが、多くの劇場は年中無休で営業しているし、開館時間も朝早くから夜遅くまでと長い。概して同じ作品を何度も繰り返し上映しているので、都合のよい日時を選んで行けばいいし、予約せずに思い立って出かけても、大抵は見ることができる。しかも、作品は日本映画、外国映画を問わず、ジャンルも多種多様、入場料もせいぜいちょっとした外食1回分くらいで済む。
文化・芸術としての表現の美しさや情感の豊かさに身近に触れることができ、人生観や世界観を学ぶ時間ともなり、生きる喜びと幸せをもたらしてくれる。美術館や博物館も展示施設として同じような役割を果たしているが、概ね閉館時刻は早いし、休館期間も結構長い。音楽や演劇などの実演芸術では、公演期間が長いものもあるが、多くは一回だけだから、その日その場所を逃したら、二度と体験できない。それらに比べると、映画館はなんて顧客に優しいビジネスなんだろうと、感嘆せざるを得ない。
このビジネスモデルは、映画産業の垂直的な支配による興行のブロックブッキング制が崩壊した後、シネマコンプレックスとミニシアターという両極の興行形態を生み出すことによって、実質的に継承されてきたわけだが、そこで提供される映像の姿は今世紀になって大きく変貌した。ベルトコンベヤーの如くシネコンへ運ばれてくる作品の中心はアニメとODSで、実写映画はまるで添え物のように見える。それに応じて、観客の志向も少数のヒット作か、ターゲットが極端に限られた作品に分裂し、もっぱら後者に属する膨大な数の映画群を引き受けているのがミニシアターである。だが、この二極化することで成り立ってきたビジネスモデルも、もはや瀬戸際に来ているのかもしれない。

本調査は、映画館などから直接提供された1年間の上映作品リストと、上映関連イベントなどの事業に関する詳細なレポートから成る貴重なデータを基に、映画館の日常活動への評価・分析を試みたものである。興行側の腰の低さゆえか、観客側の無関心ゆえか、はたまた行政や研究者の怠慢ゆえか、生業としての映画館の実態を実証的に測定するような調査は、これまで行われてこなかった。『映画上映活動年鑑』においても初の試みとなる今回の調査では、サンプル数は3件と少ないが、映画祭が母体となって生まれたミニシアターで、映画館経営に加え、フィルムコミッションや移動上映を行っている団体、前身の映画館を受け継いだミニシアター、映画館閉館後のホールを拠点に移動上映を行っている団体と、来歴や活動内容に大きな違いはあるものの、それぞれ地域に深く根づいた上映活動を行っている団体からのデータである。このリストやレポートに記載された驚くべき多様な上映作品と多彩なイベントの数々から、映画館とは毎日どのようなことをやることで観客との関係を結んでいるところなのかを、具体的に知ることができるのである。
その内容は、年間の上映作品リストに基づく多様性の評価と、特集上映や関連イベントなどから見た地域における芸術文化の振興や人材育成へのポテンシャルという社会的・教育的意義に基づく地域性への評価、という二つの方向からさまざまな指標を設定し、ポイントによる量的評価と指標ごとの質的評価を組み合わせることで、客観的な判断材料とするものである。点数を付けるといっても、これは決して映画館の優劣を測るための調査ではない。むしろ、上映作品の多様性の実態を数字にして表すことにより、映画館がそれぞれの地域の事情や観客の志向に応じた独自性を発揮し、地域間における文化格差の是正を図ることに貢献しているという公共的性格を可視化させることになるのである。

とはいえ、スタートしたばかりの調査ゆえ、まだまだ課題は多い。もとより、この調査は上映作品の多様性や関連事業の社会的・教育的意義を反映した指標を基に、映画館やシネマテークなど日常的に上映活動を行っている組織や団体への公的支援の可能性を検討するための基礎データにすることにある。その意味で、今後とも関係者各位より本調査への理解と協力をいただくことにより、サンプル数を増やしていくことが、まずは望まれる。
また、評価の指標となる項目についても、さらなる検討が必要だ。上映活動の多様性を測る指標として、映画作品を全国での公開館数により大別し、それらが年間の総上映本数に占める割合に応じてポイントを付与しているが、総数の多寡によって数字は大きく変動してしまう。また、地域に根ざした上映活動に着目するうえで、年齢層など観客の実態把握は欠かせないし、映画館による集客への努力も考慮したい。映画館が立地する市町村の人口規模を調整値として勘案することも提案されているが、精度の高い係数の設定が求められる。
そして、何よりも、本調査を単年度で終わらせることなく、継続していくことが重要である。映画館での上映作品は、当然ながら製作・配給側の動きに大きく左右されるし、近隣の映画館や自主上映などの動向にも強く影響を受ける。そのため、どの映画館一つ取っても、経営者の交代や上映方針の変更、ひいては休館・閉館・廃業などの事態に陥るリスクは避けられない。これとは対照的な現状として、新たに小規模な映画館や定期上映の場を作る動きもあるため、継続的に定点観測を続けていく必要がある。また、映画館が一義的には映画を観るための場所であることに変わりはないとしても、地域社会や観客が映画館に求める価値や付加価値には変化の可能性があることから、活動を評価するための指標も、常に再検討が求められる。

そして、映画館の側から見ても、他の地域の映画館の活動実態を客観的に眺めることにより、本調査が各映画館による多様で独自性のある活動をさらに推し進めていくための後押しになることが望まれていると言えよう。

今後、映画館のビジネスモデルがどのように変貌しようとも、その場での映像体験が観客にとってかけがえのない心の糧となり、新たな創造へのインスピレーションを与えてくれる、真に「顧客に優しい商売」であり続けるために、どのような支援の方策があり得るのか、本調査がその答えを導くための設計図として機能していくことを期待したい。


関連記事

記事をシェア: