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ニューヨークのアートハウスの現在

REPORTS
2021年2月2日

増渕愛子

2020年12月16日の全国コミュニティシネマ会議にて、コロナ禍のニューヨークのアートハウスがどのような状況におかれているのか、簡単にご報告をさせていただきました。以下は、そのときのプレゼンテーション原稿を多少編集、加筆したものです。

2020年11月の終わりから12月のはじめにかけての状況をお伝えしたものなので、その後、状況が変わっていることもあるかもしれません。ご了承ください。

アメリカという国はとても大きいため、州によってコロナの状況も大変異なっています。条令も州によって違っているので、どこがどうなっているのか把握するのが難しいです。州や市によってはキャパシティを制限しながら映画館を空けていますが、未だに完全に閉まっている州や市も多くあります。

その中でも映画の2大都市ロサンゼルスとニューヨークは2020年3月から映画館は閉まったままです。言うまでもなく、映画業界は大打撃を受けています。

今回は7件のアートハウスで働く方々にお話をうかがいました。私自身がNYと東京を拠点とする映画キュレーターであることもあり、お話を伺った方々も皆さんアートハウスのプログラムを担当している人たちで、運営というよりも編成の話が中心になっています。

さて、日本のミニシアターにそれぞれ個性があるのと同様に、ニューヨークのアートハウスも多種多彩です。

それぞれ違った色を持っている映画館を選んでいるので、状況もそれぞれ異なりますが、全ての映画館で共通しているのは、3月上旬に条例のもとに休館してから、今は12月の中旬ですので、もう9ヶ月以上閉まったままの状態だということです。(※2021年1月19日現在も閉まったままです。)

12月上旬の段階ではニューヨークはコロナ感染の第2波の真っ只中で、どの映画館も当分は劇場を開けることはないだろうと諦めていました。上手く行けば春先の開館を目指しているところが多かったです。

NYの映画館の再開を願いながら、映画館の簡単な紹介もしつつ、それぞれの現状についてお伝えしたいと思います。


FILM FORUM フィルム・フォーラム

https://filmforum.org/

まずはフィルム・フォーラム。こちらはNYの独立系映画館の中でも、世界中で認知度が高い映画館です。フィルム・フォーラムは1970年にマンハッタンのウエスト・ヴィレッジではじまり、最初の20年は場所を転々としながらも、1990年に現在のハウストン・ストリートに居を定め、現在にいたっています。2018年にはリニューアル工事も行い、コロナでのシャットダウン前は、4スクリーン、計500席のシアターで毎日上映を行っていました。

米国内の新作インデペンデント映画や海外映画を上映するとともに、旧作・クラシック作品の上映などにもとても力を注いでいる老舗の映画館です。

25人ほどの正規社員を雇用し、アルバイトを入れると50人のスタッフを抱え、年間の運営予算は600万ドル(6億円以上)。予算の77%を上映会費用に充当しています。非営利団体として運営されており、ニューヨーク市、ニューヨーク州からの支援、個人や会社からの寄付や会員費とチケット収入で運営されています。

フィルム・フォーラムで1986年から旧作やクラシック上映を担当しているブルース・ゴールドスティーンさんとお話しました。

3月12日に休館したフィルム・フォーラムは、実は、(数日の差ではありますが)NYのアートハウスの中では最後まで開け続けていた劇場でした。閉館当日、最後の上映会はヒッチコックの『鳥』だったそうで、他に行く劇場もなかったこともあり、満席に近かったそうです。閉めたばかりのころは、7月頃には再開できるだろうと予測して、プログラム編成担当は、7月1日からのプログラムを準備し、カレンダーも印刷していたそうです。しかし、状況は一向に良くならず、再開は当分諦め、いまではオンライン上映に移っています。

バーチャル・シネマ-オンライン上映

オンライン上映は、アメリカでは「バーチャル・シネマ」と主に呼ばれているのですが、形態としては、日本の「仮設の映画館」と似たような仕組みが多いです。つまり、配給会社が指定するプラットフォームを経由して配信をし、視聴者は映画館を選んでチケット代を払って映画を視聴します。配信によって得られた収入は、配給会社と映画館で分配する仕組みになっています。アメリカで、この様な仕組みをいち早く始めたのは、パンデミック前から独自のプラットフォームを開発していた配給会社Kino Lorberでした。Kino Lorberに続き、他の配給会社もVimeo on Demandなどを活用したりして、プラットフォームを提供しています。フィルム・フォーラムは基本、配給会社が運営している配信プラットフォームに頼っているので、通常、映画館で上映する際のチケット販売方法とは異なり、チケットの料金は一律ではなく、作品によって、配信システムが違っています。

10月中旬にニューヨーク・タイムズ紙が行った、フィルム・フォーラムのディレクター・ カレン・クーパーさんとのインタビューによると、その時点で50〜60本くらいの映画をバーチャルで配信していて、合計9万ドル(930万円)の売上があったそうです。この金額は2018年フィルム・フォーラムで大ヒットした、歌手アレサ・フランクリンについてのドキュメンタリー映画『アメージング・グレース』の一週間の売上より100万円相当を上回った程度の額だと話しています。

募金・助成金

春には10万ドル(1000万円相当)の募金を集め、政府からの助成金(給与保護プログラム payroll protection program)6000万円近くを得ることができたことで、正規社員を雇用し続けることができています。しかし、通常の1ヶ月の運営費が2500万円にのぼるフィルム・フォーラムにとって、それでも足りていないのが実状です。 

フィルム・フォーラムのウェブサイトからバーチャルで映画を鑑賞しようとすると、購入時にチケット代の他、映画館へ寄付をするオプションも出てくるようになっています。ブルースさんは、バーチャルで映画を見てくれる人たちの大半が映画館を応援したい人たちでもあると言っていました。

35年間、フィルム・フォーラムの編成をしてきたブルースさんは、久々に休みを取る時間が出来たと笑いながらも、今後再開した時には、金銭面からすると、いままでのような35ミリフィルムの豪華なプログラムを編成するのは難しいかもしれないと言っていました。


Anthology Film Archives アンソロジー・フィルム・アーカイブ

http://anthologyfilmarchives.org/

さて、同じくマンハッタンの南部、ただし東側にあるのがアンソロジー・フィルム・アーカイブです。1970年に、有名な実験映像作家、詩人、評論家であったジョナス・メカスやスタン・ブラッケージ ら5人で立ち上げた非営利の映画館です。ここは、作品の修復や保存活動を行うアーカイブでもあり、豊富な資料室も持っています。

フィルム・フォーラムとは運営規模が違い、正規社員は6人と限られているため、閉館したままでも、助成金や緊急援助金、個人からの寄付金で運営を継続することができているそうです。プログラム・ディレクターのジェッド・ラプフォーゲルさんによると、アンソロジーにとって、一番大きな利点はビルを所有しているということ、つまり、家賃の心配をしなくて良いことだとのことです。

彼らもバーチャル・シネマを始めたのですが、他のアートハウスとは違い、できる限り無料で配信しているとのことです。自分たちが所蔵している作品を中心に配信して、(このご時世なので)金銭的な面を心配せずに、様々な人に映画を楽しんでもらえるようにと心がけているそうです。アンソロジーのネーム・バリューもあってか、米国はもちろんのこと、作品によっては世界中から視聴者が増え、時には1作品1000人代の視聴数があり、盛り上がっているとのことでした。しかし、チケット収入は、通常の5%程度だそうです。

独自のプラットフォームを開発する余裕はないので、Vimeo on Demandで配信をしています。ちなみに、2021年1月の終わりまで、ジョナス・メカスが被写体として制作された数々の貴重なドキュメントが「Portraits of Jonas Mekas」(ジョナス・メカスの肖像)という括りで無料配信されています。日本からも視聴可能なので、この機会にぜひご覧ください!

https://vimeo.com/showcase/jonasportraits

実は、アンソロジーはここ数年、50周年に向けてリニューアル工事の準備をしていました。図書室や資料室を建て、カフェスペースもできる予定です。工事が始まれば、一年ほど映画館を閉める予定だったそうで、 本来は予定していなかった「オンラインでの配信」の枠組みを作ることができたので、良いこともあったと言っていました。


Film at Lincoln Center リンカーン・センター

https://www.filmlinc.org/

リンカーン・センターもご存知の方が多いかと思います。リンカーン・センターはアッパー・ウエスト・サイドにあるオペラやバレエなども鑑賞できる、大規模なアーツ・コンプレックスです。この複合施設の中に、Film at Lincoln Centerがあります。

やはり、組織の規模が大きいためか、フィルム・フォーラムやアンソロジーとは違い、正規社員を解雇する事態となりました。トップに立つ者たちは高額の収入を得ているにも関わらず、スタッフが解雇されてしまうということは、アメリカの大規模文化機関で起こりがちなのですが、リンカーン・センターの場合、解雇されたスタッフがあまりにも多かったので、団体内外から批判を浴びました。その後、政府から援助金で何とか、正規スタッフを呼び戻すことができたそうです。

リンカーン・センターもバーチャル・シネマへ移行していて、最初はフィルム・フォーラム同様、配給会社のプラットフォームを使用していたのですが、リンカーン・センター主催で毎年秋に開催する「ニューヨーク映画祭」に合わせて、Shift72という会社と連携して独自のプラットフォームを開発しました。ニューヨーク映画祭ではバーチャル上映の他、ドライブ・イン・シアターも行って、盛り上げていました。プログラミング・ディレクターのデニス・リムさんによると、今年の映画祭はバーチャルになったことで、米国全50州から計7万人の視聴者を得ることができたそうです。

また、同時期にリンカーン・センターで起きた大きなニュースとして労働組合の成立があります。組合運動に深く関わっていたスタッフと話してみたところ、やはり、コロナ禍での上層部の対応が火種となり、組合をつくろうという運動が生まれたとのことでした。リンカーン・センターの組合成立は、近年アメリカ中の文化施設で活発化している組合運動の波の一部とも見られます。


Museum of Modern Art MOMA ニューヨーク近代美術館

https://www.moma.org/calendar/film

ニューヨーク近代美術館(MoMA)映画部の劇場は近代美術館内にあります。ニューヨークでは、8月の終わりから美術館や博物館は入場制限をしながらオープンしましたが、劇場だけ閉まったままです。主にパフォーマンスを主体としているリンカーン・センターとは違い、MoMAの方は比較的金銭的な打撃が少ないからか、上層部にはサラリーカットがあったものの、全正規スタッフを雇用し続けていると聞いています。 とは、言っても4000万ドルの赤字だそうです。

映画部キュレーターのジョッシュ・シーグルさんと話したところ、配信にすぐには移行しなかったものの、2018年から始まったMoMAのオンラインマガジンを通して発信することができたと言います。また、他の団体のプラットフォームを通して共催事業も積極的に実施してきたそうです。

2020年12月11日には独自のオンライン・プラットフォームを開設し、以後、世界中の新作映画を限定配信しています。現時点では、視聴は米国に住むミュージアム会員のみに限定されてはいるものの、アメリカの会員数は10万人以上で、視聴者数は心配していないとのこと。MoMAの会員であれば、どの映画も無料で視聴できます。ちなみに、記念すべき最初の配信作品は原一男監督の新作『水俣曼荼羅』でした。


BAM Film

https://www.bam.org/#Film

BAM Filmはニューヨークでもマンハッタンではなく、ブルックリンにあるアーツ・コンプレックスBAM (Brooklyn Academy of Music)の中にあります。リンカーン・センターと似た形態で、ここも正規スタッフが解雇されてしまう事態となりました。しかし、BAMは実は2019年6月に労働組合が成立していて、解雇されても保険の継続など、いろいろなことに関してスタッフが交渉をすることができたと、映画部プログラマーのジェシー・トラッセルさんは言っていました。また、労働組合によって、横の繋がりが成立していたので、相互扶助的な互助組合が可能になり、スタッフ同士が日々助け合っているそうです。

BAM もバーチャル・シネマを始めていて、配給会社のプラットフォームに頼りながら配信をしているとのことでした。ジェシーさんは、バーチャル上映の良いところは、動員数をあまり気にせずに編成ができるので、今まではなかなか上映する機会がなかった短編も配信でなら堂々と上映できるところだと言います。劇場が再開しても、バーチャルだからこそできるプログラムもあるという信念で、バーチャルも並行して続けたいと言っていました。ちなみに、私が話したどのプログラマーも、今後も何らかの形でバーチャル上映は続けるだろうと口を揃えて言っていました。


Metrograph メトログラフ

https://metrograph.com/

この映画館が、他のアートハウスと大きく異なるところは、非営利の運営ではないところです。比較的新しい映画館で、2016年にマンハッタンのチャイナタウンにできました。とてもオシャレな内装で、2階にはレストランも設けている映画館です。2019年から配給事業も始め、コロナ禍では独自のデジタル・プラットフォームを早い段階で作っています。そのプラットフォームを使って、配給会社として、他の映画館にも自社の作品を配給しています。

メトログラフのバーチャル・シネマはまた、ひと味違う試みをしています。他の映画館同様、一定の期間レンタルできる仕組みになっている作品の配信もしているのですが、「タイムド・スクリーニング」いわば、映画館的に時間指定がある限定上映も行っています。メトログラフのプログラマー、アリザ・マーさんは、非営利ではないため、予算立てに柔軟性があるところが強みだと言います。非営利だと方針一つ一つ変えるたびに理事会や役員などの了承を得ないといけないのですが、営利だと、一握りのインベスター(出資者)と話すだけで新しい方針を決められるとのことでした。アリザさんによると、正規社員は全員、休館する前と同じくらい忙しいとのことでした。


Spectacle Theater スペクタクル・シアター

https://www.spectacletheater.com/

最後に、2010年にはじまった、スペクタクル・シアターをご紹介します。ここはブルックリンにある「マイクロシネマ」と称される、小さな映画館です。ここの面白いところは、スタッフが全員ボランティアというところでしょう。30人くらい座れる小さな劇場で、チケットは5ドルです。開館当時からチケット代は変わっていません。開館したての頃からスペクタクルの運営に関わっているスティーブ・マックファーレーンさんによると、ボランティアは計30〜40人。そのうち、10人〜15人くらいが、毎日劇場の運営に携わっているので、コアメンバーと言えるそうです。誰一人として、スペクタクルから給料を得ていないので、維持し続けられているとのことでした。ただ、給料を支払っていないため、給与保護プログラムの様な援助金などは一切もらえないそうで、有志の募金で家賃を払っているとのことです。家賃は5年毎に契約を更新していて、その交渉がたまたま2020年だったため、映画館が閉まっている間は家賃を半額にしてもらうという交渉が成立したと言っていました。

スペクタクルは3月25日に初のバーチャル上映を行っていて、自称「NYで最初にバーチャル・シネマを始めた劇場」だと言っていました。創立当初からパンク精神を大事にしているスペクタクルは、Vimeo のようなプラットフォームではなく、あえてルールはずれなゲーマーのプラットフォーム、Twitchを使って配信を試みました。Twitchはチャット機能があるので、動画配信中、視聴者同士みんなでワイワイとチャットしながら観ることができるプラットフォームです。

ただ、もちろんそれが目障りと感じる人たちもいて、Twitch上の活動は配信地域や入場ができないので、面白い試みだったものの、難点もいろいろあったそうです。そんな事もあり、12月頃、ボランティアのひとりがプラットフォームを構築し、現在はそこで配信を行っています。地域制限ができないと配信させてもらえない作品も多く、新しいプラットフォームで配信地域を制限することができるようになり、その問題は解消されたそうです。

配信ではチケットは売らない方針で、チケットという形での収入はないのですが、今後もスペクタクルを応援したいという人達からの寄付で上映権利料などを支払っているそうです。


最後に

とてもざっくりとしたレポートとなりましたが、少しでもニューヨークのアートハウスの現状が伝わっていれば嬉しいです 。日本同様、コロナ禍で映画館同士がお互いに情報共有などもし、連帯が生まれているのも確かです。また、大半の映画館が正規社員を保持できていても、劇場が開いていないため、劇場スタッフなどの非正規スタッフはほぼ全員失業という事態も続いています。この問題にいち早く気づいた有志たちが集まり、パンデミックの最初の頃にCinema Workers Fundというクラウド・ファンドが立ち上げられ、職を失った劇場スタッフへ、とにかく失業手当などが手に入るまでの足しになるように、お金が分配されたりもしました。

今年の春先には劇場を再開できるのではと期待している人たちが多かったですが、まだまだどうなるかわからないのが現状です。期待通り、春先に開いた頃には閉館からほぼ一年が経過していることになります。しかし、どの上映者もニューヨークのシネフィル文化に絶対的な信頼を置いている様子でした。劇場が再開すれば、ニューヨークの人たちは必ず映画館に戻ってくると。

増渕愛子(ますぶちあいこ)

東京・下町出身。東京・ニューヨークを拠点とする映画キュレーター・プロデューサー・翻訳家。MoMAの映画部や自然史博物館等での経験を経て、2013〜2018年ジャパン・ソサエティー映画部のシニア・プログラマーを務める。2018年からはフリーランスとなり、フィルム・フォーラムなどでゲスト・プログラマーとして仕事をしている。プロデュースをした空 音央(そら ねお)監督の『鶏・The Chicken』は2020年ロカルノ映画祭でワールド・プレミアされ、国際映画祭を巡回中。2021年春には英訳した鈴木いづみ著のSF短編がVerso Booksの短編集にて出版される。

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