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フランス映画鑑賞教育と真庭市の取り組み

REPORTS
2021年7月12日

山崎樹一郎(映画監督)

真庭市の映画教育プログラム

真庭市は岡山県の北部に位置する自然豊かな場所です。

面積は県内最大ですが、人口は約4.4万人です。一般的な映画館は車で1時間以上かかる都市部に行かなければありません。映画館で映画を鑑賞する機会のない市民が大半だと思います。それでも近年、市民団体などによる上映会が度々行われたり、市立の新しい中央図書館に映像シアターが併設されたりと、映画に触れられる機会が少しずつ増えていると感じています。

私は、2006年に真庭市に移住し、農業と映画製作を続けてきました。2007年に地域の人たちと一緒に映画グループ「シネマニワ」をつくり、上映会を企画したり、映画製作を行ったりという活動を行ってきました。真庭で『ひかりのおと』(2011)、『新しき民』(2014)といった映画をつくり、真庭だけでなく、県内各地で上映会を行いました。こういった活動も、現在の真庭市の映画教育プログラムの下地になっていると思います。

2017年にパリ在住の友人小山内照太郎(翻訳家・映画プロデューサー)からフランスの映画教育の話を聞きました。フランスでは、全国の幼稚園、小・中学校と高校の学校教育の中で、1年に3本の映画を映画館で鑑賞して、映画の専門家や研修を受けた先生の授業を受けることができる国の仕組みがあるというのです。自国の映画に限らず、世界中の映画から年代もジャンルも多様な映画が、年齢に合わせて選定されたリストがあって、その中から各学校が見たい(見せたい)映画を選ぶことができる、そのリストも毎年更新されているというのです。

感動したのは、このフランスの映画教育制度が「誰もが平等に文化を享受できる」という理念に基づいて進められていることです。芸術・文化全般において鑑賞機会の乏しい地方にとって、とても大切な必要な取り組みだと感じ、私も映画鑑賞教育に携わりたいと思いました。

2018年、映画鑑賞教育授業が始まった!

真庭市での映画鑑賞教育は2018年に始まりました。

フランスで行われているような映画の鑑賞教育、クラス単位で映画を見てお話を聞くという授業を真庭市でもやってみたいということを、真庭市の担当課や学校に話をしたところ、「やってみよう」ということになり、真庭市内の小学校で、5、6年生の生徒を対象とした映画教育の授業が実現することになりました。

最初に行ったのは、アニメーション映画監督のセバスチャン・ローデンバックを迎え、彼の監督作『手をなくした少女』(2016)を5、6年生に鑑賞してもらい、監督が特別授業を行うというもので、アンスティチュ・フランセ東京や真庭市の支援を受けて実現することができました。

この企画は、学校での鑑賞授業の他に、この年に完成した真庭市立中央図書館の「映像シアター」のオープニング関連企画としても実施され、一般の市民の人たちも参加しました。

-2019年~2020年

2018年の映画教育プログラムはとても好評で、2019年も継続して行うことになりました。

この年は、フランス南西部の小さな町、オーシュ市で実際に映画鑑賞教育の先生をしているブランディヌ・ボヴィを迎えて、市立中学校3年生を対象に『パリ猫ディノの夜』(2010)を鑑賞する授業を実施しました。このときは、アンスティチュフランセ東京の協力を得て作られた、鑑賞の手引きとなる教材「鑑賞ノート」を使用しました。

中学3年生の授業の様子, 鑑賞ノート

また、中学校での授業とは別に、真庭市内外の文化芸術関係者に向けて、フランスの映画鑑賞教育についてのレクチャーも行いました。

2020年度はコロナ禍によりフランスから講師を招聘することができず、オンラインでフランスと真庭の中学校をつないで授業を行いました。12月に、2019年と同じ『パリ猫ディノの夜』を鑑賞し、鑑賞ノートを使ってブランディヌ・ボヴィさんの授業をオンラインで行い、2021年3月には『ロシュフォールの恋人たち』(1967)を鑑賞作品にして、真庭市が鑑賞ノートを制作、フランスとオンラインでつないで、ブランディヌさんによる授業を行いました。映画教育のプログラムは、アンスティチュフランセ東京や真庭市、製作者や配給会社等、様々な協力を得て、私たちが講師とともにつくっています。

3年間実施してきた映画教育プログラムは好評で、ある中学校では今後も3年間継続的に実施することが決まっています。その中学校と同じ地域の小学校では、2021年度から全学年を対象に映画鑑賞教育を行うことになりました。

未就学児童向けでも真庭市内のこども園・幼稚園の2箇所で鑑賞教育プログラムを行っていて、少しずつですが映画鑑賞教育への理解が進み、広がっています。幼稚園で行われているのは、ソーマトロープやフリップブック(パラパラ漫画)をつくったり、連続写真を動かしてみたりしながら、静止画が動き出すことを体験し、市所蔵のサイレント映画を16ミリフィルムで鑑賞するという内容です。幼稚園でのプログラムはブランディヌや小山内に相談しながら、幼稚園の先生たちと協力して真庭市と実施しています。

-真庭シネマカレッジ

学校での映画教育プログラムのほかに、真庭市では、2020年「真庭シネマカレッジ」という事業を実施しました。

オンラインクラスでは、セバスチャン・ローデンバック監督、オーシュ市の映画の先生ブランディヌ・ボヴィ、山村浩二監督、深田晃司監督らを講師に迎えて、7~9月の3ヶ月間でアニメーションの制作を学び、10~11月に希望者限定で実際に映画作りに挑戦、1月に完成作品を公開しました。夏休み期間中の7~8月には、小学5~6年生と中学生、高校生を対象として「映画づくりワークショップ」を実施、私が講師をつとめました。

また、2020年11月には、パリにある若い観客の向けの映画館「ステュディオ・デ・ウルスリーヌ」の元支配人のフロリアン・デルポルトと、山村浩二さんをゲストに迎えて、真庭市立中央図書館映像シアターで、シンポジウム「こどもと映画」を開催しました。この日は、最初に山村さんのアニメーション『キッズ・キャッスル』『こどもの形而上学』『サティの「パラード」』『カロとピヨブプト:おうち』を上映、その後、フロリアンさんの講演、フロリアンさんと山村さんとのディスカッションを行いました。

シンポジウム「こどもと映画」チラシ

真庭シネマカレッジは2021年度も開催する予定です。また、将来、真庭で子ども映画祭を実現することを目指して、子ども向けの小さな映画上映会を開催することも考えています。

この様に少しずつですが、映画鑑賞教育プログラムが広がり、真庭市の子どもたちは映画を見て大きくなっています。世界の多様な映画に触れることが、視野を広げ、よりよい人間形成につながっていると思います。

フランスの映画鑑賞教育の現地調査

2018年から2年間、フランスの実践を学びながら真庭で映画鑑賞教育プログラムをやってみて、私はフランス全国で30年以上続けられている映画鑑賞教育の現場を実際に見てみたいと思うようになりました。幸いにも、文化庁の新進芸術家海外研修制度の助成を受けることができ、2020年1月に30日間、フランスに滞在して、映画鑑賞教育の現地調査を行うことができました。以下に5つの事例をご紹介します。

1. パリ中心部で行われるこども映画祭  Tout-Petits Cinéma

パリ中心部にある「フォーラム・デ・イマージュ(Forum des Images)」は、1988年に作られたパリ市が運営する4つのスクリーンを持つ複合文化施設です。2008年より毎年1回、幼稚園の長期休暇の時期(2月中旬〜3月上旬)に、生後18ヶ月から4歳までの子どもを対象に「ちっちゃな子どもたちの映画館(Tout-Petits Cinéma)」という映画祭を開催しています。映画を上映するとともに、ワークショップやシネマコンサート(伴奏付きの上映)など、対象を幼稚園の年少組までの子どもたちに特化した、工夫を凝らしたイベントを行っています。

フォーラム・デ・イマージュ「ちっちゃな子どもたちの映画館」

映画館のロビーには子どもが遊べるスペースが設けられていて、お菓子や風船をプレゼントするなど、幼いころから映画館を好きになってもらうための工夫がところどころに駆使されています。映画祭のほかにも、フォーラム・デ・イマージュには、年間を通して、毎週水曜日(幼稚園と小学校の授業は午前のみ)と日曜日の午後に、18ヶ月から8歳の子どもたちを対象とした上映プログラム「シネキッズ(CinéKids)」があります。

ロビーの様子

2. イマージュ・パー・イマージュ  Image Par Image

「イマージュ・パー・イマージュ(Image Par Image)」は、20年前から毎年パリ近郊のヴァルドワーズ県全域で開催されている子ども映画祭です。県内の映画館や図書館等、30を越える会場で行われます。鑑賞の前後には、映画のプロデューサーや監督、あるいは映画を専攻する大学院生や映画教育を行うアソシエーションのスタッフが、映画の講義や解説を行います。この映画祭では、週末には一般(家族・子ども)向けの上映を行い、平日には学校と連携した公的な映画教育としての上映を行っています。約1ヶ月間、ほぼ毎日、ヴァルドワーズ県内のどこかで(ときには複数ヶ所で)、上映が行われています。

イマージュ・パー・イマージュの様子

この映画祭の目的は、多様なアニメーション映画を提供すること、そして作り手と観客の出会いの場をつくることです。学校単位でこの映画祭に参加する子どもたちは、映画教育で鑑賞する1年間3本のうちの1本をこの映画祭で鑑賞することになります。映画祭の中で、映画の専門家(監督や技術スタッフ)に出会い、通常の映画教育では受けられないような特別な授業を受けることができるわけです。

週末の上映には子どもたちは保護者と一緒に参加し、会場にはお菓子やジュースが準備されています。私が訪問した日には高畑勲監督の『セロ弾きのゴーシュ』が上映されていました。

イマージュ・パー・イマージュが開催されるヴァルドワーズ県の個性豊かな映画館

3. シネ32 Ciné32

シネ32

「シネ32(Ciné32)」は、フランス南西部ジェルス県の県庁所在地オーシュ市にある5スクリーンの複合映画館です。30年前にできたこの映画館は、映画の上映を通して地域の文化交流の場、文化の発信基地としての役割を果たしていると同時に、ジェルス県内全域の学校で行われる映画教育プログラムのサポートや、県内の15の劇場に上映プログラムを提供する仕事を行い、また、県内で行われる映画の撮影の受け入れ(フィルム・コミッション)や、インディペンデント作品の映画祭も開催している、県内の映画文化の振興を担うアソシエーションでもあります。とりわけ映画教育プログラムに熱心なことで知られています。

上の写真は、シネ32のフリースペースで行われているワークショップの様子です。このときは、高校生が映画館での上映プログラムを作り、宣伝やポスターのアイデアを考えるというワークショップをやっていました。シネ32はオーシュ市で唯一の映画館なので、生徒は大型パスで送迎されています。

左の写真は、オーシュ市の隣町の小学校の近くにある映画館で、右の写真は、小学校でシネ32のスタッフが出張授業を行っているところです。

フランスでは、現在も、どんな小さな町にも必ず映画館があります。この学校の子どもたちは、映画教育プログラムのときには学校から歩いて映画を見にいきます。

4. レ・トワレ・フィロント Les Toiles Filantes

「レ・トワレ・フィロント (Les Toiles Filantes)」は、ボルドーの南に位置するぺサック市の映画館で開催される子ども映画祭です。映画館には、ペサック出身でポスト・ヌーヴェルバーグの旗手だった映画作家ジャン・ユスターシュの名前がつけられています。映画祭は、映画館の運営を行うアソシエーション「シネマ・ジャン・ユスターシュ」が主催していて、2020年で16回目を迎えます。この映画祭の重要な哲学は、要求の厳しい多様な映画を提供すること。上映だけではなく、プレゼンテーション、映画製作者とのミーティング、子ども向けの様々なワークショップ、映画美術の展示、映画関連の書籍や映像ソフトのスタンドも用意されています。

映画館「ジャン・ユスターシュ」

私たちが訪れた映画祭最終日には、犬が出てくる映画『Au Sud du Sud』,『Tout en haut du monde』,『Balto, chien-loup, héros des neiges』が上映され、外のフロアにはサプライズでハスキー犬が3匹登場! 別のスクリーンでは『駅馬車』の上映と批評家による講義が行われていました。犬を扱った作品は子ども向け、『駅馬車』は保護者や高校生向けのプログラム、多くの世代の映画ファンを見据えたユニークなプログラムを提供しています。

ロビーに登場したハスキー犬!

また、この映画祭では子ども審査員が選ぶ映画祭公式の賞がいくつかあり、授賞式では子どもたちが壇上で製作者に賞を授与していました。

授賞式の様子

5. ランドセルに詰め込んだ映画  Du cinéma plein mon cartable

スペイン国境に近い南西部、フランスで最も人口密度の低い県であるランド県の、幼稚園、小学校、中学校の映画教育のコーディネートをするアソシエーション「ランドセルに詰め込んだ映画(Du cinéma plein mon cartable)は、設立されて20年、地域に根ざした細やかで熱心な活動を行うことで知られています。県内の劇場や刑務所で巡回映画館(巡回上映)を運営し、毎年夏には無料の野外上映も行っています。

上の写真は、映画上映後、アソシエーションのスタッフが教師たちに向けてポイントの解説や質疑応答を行っているところです。教材の配布も行われていました。この日上映されたのは宮崎駿の『となりのトトロ』でした。

フランス国立映画センター(CNC)と専門家たちが選定する映画教育プログラムのための作品には、時代もテーマも多様な、世界中の優れた作品が並んでいます。日本映画では、ジブリ作品の他に、小津安二郎監督の『お早よう』(1959)や、是枝裕和監督の『そして父になる』(2013)、山村浩司監督のアニメーション映画短編集なども含まれています。

私はフランス全国で30年以上続けられている映画鑑賞教育の現場を実際に見て、大きな刺激を受けました。真庭での映画鑑賞教育にも、これからもっと積極的に取り組んでいきたいと思っています。

山崎樹一郎(映画監督)

1978年大阪市生まれ。学生時から京都にて映画祭の企画運営や自主映画製作を始める。2006年岡山県真庭市の山あいに移住し農業を続けながら映画を製作している。監督作『ひかりのおと』(2011)は岡山県内51カ所で巡回上映を行う一方、東京国際映画祭やロッテルダム国際映画祭でも上映され、ドイツのニッポンコネクションにてニッポン・ヴィジョンズ・アワード、上映・製作グループ[cine/maniwa]は岡山芸術文化賞グランプリ、福武文化奨励賞を受賞。『新しき民』(2014)はニューヨーク・ジャパンカッツにてクロージング上映された。高崎映画祭新進監督グランプリ受賞。新作『やまぶき』制作中。

2020年文化庁新進芸術家研修制度にて渡仏し、フランスの映画教育を調査した。

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