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連続講座「現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜 Vol.2」(3)

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2022年5月31日

2021年12月11日~17日、全国24のアートハウス(ミニシアター)で同時開催された連続講座「現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜 Vol.2」。

監督や脚本家、製作者、編集者等、多彩な講師陣による7日間のトークの記録を連載します。

連続講座「現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜 Vol.2」

第3夜 2021年12月13日(月)

連続講座「現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜 Vol.2」第3夜は、ホルヘ・サンヒネス監督の『鳥の歌』を上映。

講師は、『鉱 ARAGANE』でボスニアの炭鉱を、『セノーテ』でメキシコ、ユカタン半島北部にある洞窟内の泉を撮影した映画作家の小田香さんと、サンヒネス率いるボリビアの映画制作チーム・ウカマウ集団の作品を長年日本で紹介し、彼らとの共同制作も実現されたシネマテーク・インディアスの太田昌国さん。小田さんは、自身の映画制作に照らして『鳥の歌』を観て感じたことを、太田さんは、ウカマウ集団の作品を観るうえで重要な背景をお話しくださいました。

カメラの前の人と共に映画を成す

小田 まずは、素直に感想を述べたいと思います。今日、劇場で初めて観ましたが、最終シークエンスの鳥の歌の祭りは、家でパソコンで聞いてるのとは全く違う音が聞こえて、素晴らしい音楽だと思いました。それと、最後に撮影隊が鳥の歌が聞こえなくて本当によかったなと。というのも、彼らの制作プロセスや発する言葉、差別的な態度に自分は憤りを感じてしまったからです。

なぜそんなに感情が昂ぶるのか考えてみると、自分もボスニアやメキシコで映画を撮っていて、撮影隊の姿に自分の成し得ることを見てしまうからだと思います。もちろん、自分は劇中に出てくるような態度や言葉遣いはしていないですが、自分の中にあって見ないようにしている差別意識や優生意識を暴かれたような気持ちになりました。ウカマウ集団が映画をつくる目的のひとつに、映画を観た人が内省に至る、自分のことを顧みるようになることがあると読んだんですけども、そういう意味で自分は、ウカマウ集団、サンヒネス監督の映画に導かれたんだなと思います。

本講座のVol.1で、『トラス・オス・モンテス』を担当した際に「カメラの前の人と後ろの人の共同作業に感銘を受けた」というようなことを述べたんですけど、『鳥の歌』を観て「共同作業」という言葉の危うさを自覚して使わないといけないなと思いました。自分たちは大概カメラの後ろ側にいますが、カメラの前にいる人は、ドキュメンタリーであれ劇映画であれ、常に記録メディアにさらされています。自分たちは、何が映るかはコントロールできませんが、どう見え得るかはコントロールできます。だから、権力みたいなものは常に自分たちの側にある。そのなかで、どうやって「共同作業」という言葉を使うのか考えなければと思いました。

カメラの前にいる人たちと同じ目的意識を持って、あるミッションのために映画を成すことができれば最善だと思いますし、同じ目的でなくても意見を交換しあって共に映画を成すことは可能だと思います。劇中で撮影していた映画は「インディオのための歴史の再検証」を目的としていましたが、村の人にとっての目的ではない。内省の話に戻ると、じゃあ自分は、今までカメラに映っている人の映画に対する動機や目的を考えて映画を撮れてきたのかなということを『鳥の歌』を観ながら考えています。

ボリビアで映画を撮ること/世界が抱える民族問題

太田 私たちは、1980年にウカマウ集団の作品の自主上映を始めて、これまでに彼らの全作品を日本で上映しています。ボリビアは、南米大陸のちょうど真ん中に位置する内陸部の国で、人口は1千万を少し超えて、面積は日本の3.3倍ぐらいでしょうか。歴史的に独自の文化圏をもつ地域で、ヨーロッパ人が来る以前から多くの先住民族が住んでいました。現在も先住民族が人口の55%を占めています。このことは、サンヒネス、ウカマウ集団の映画を考えるうえで非常に大事なことだと思っています。

サンヒネスは1936年に白人エリート層の家庭に生まれ、1960年前後に隣国のチリで映画の勉強をして、まもなくボリビアへ帰って映画を撮り始めます。キューバがアメリカに支援された独裁政権を倒して革命を成し遂げた時代背景がありましたから、社会革命が彼の大事なモチーフになります。最初に制作した『革命』と『落盤』という短編では、貧しい労働者の現実を描きます。しかし、いざ上映してみると、こういう反応が返ってきた。「私たちが日々生きている現実をスクリーンで見せられても何もおもしろくない。私たちが知りたいのは、なぜこの貧しさがあるのかだ。貧しさを生む社会構造を解き明かす作品を作ってくれないと意味がない」と。

ボリビア社会で映画づくりをしていく以上は、圧倒的多数を占める先住民の人たちに観てもらわないと意味がない。じゃあどうしようかと考えて、彼が30歳のとき、1966年に撮ったのが長編『ウカマウ』です。ティティカカ湖という、世界最高位にある大きな湖に太陽の島という有名な島があります。そこに住む先住民族の若い夫婦の物語を、先住民自身が演じる形でつくりました。言葉も、彼らの母語であるアイマラ語を使う。当時は先住民族の母語は公用語として認められていません。3世紀にわたる植民地時代にあって、先住民族にまつわることはすべて侮蔑の対象です。そのように位置づけられた言葉が、大衆的な文化表現のひとつである映画で話されるのは大変画期的なことでした。サンヒネスは、先住民族の水平的な社会関係・人間関係によって、資本主義的な価値観によって作り出されたボリビア社会の人種差別的な価値意識を転倒させなければならないと考えるようになります。

また、『鳥の歌』制作中だった1992年は、コロンブスの大航海時代、俗に言うアメリカ大陸発見の年からちょうど500年目にあたり、世界中でヨーロッパ中心主義の歴史観についての捉え返しが始まっていました。『鳥の歌』には、サンヒネスらが1969年に『コンドルの血』という作品をつくったときの経験が含まれています。彼らも、静かな先住民の村に自家発電装置や大型撮影機材を持ち込んで、人々の合意を得ることなく大きな音を出したりしたんだろうと思います。『鳥の歌』は、その経験を20数年後に内省する過程でつくりあげた作品で、しかもそれが1992年という年と重なっていたわけです。

ボリビアは現在、正式名称を「ボリビア多民族国」と言います。2006年に一般選挙で先住民族出身の左派の候補者が大統領に選ばれ、30以上ある先住民族言語は、スペイン語とともに公用語として認められています。こうしたことを考えると、ボリビア社会の現実的な変革過程と、サンヒネス、ウカマウ集団の映画は並走していると捉えられるのではないでしょうか。現在、日本も含めて世界中の国々が民族問題を抱えて賢い解決策を見出せずに苦闘しています。『鳥の歌』に描かれている民族間の相克、葛藤、対立は、ボリビアだけの問題ではなくて、普遍的な問題として考えることができると思います。

小田さんから太田さんへの質問

小田 日本で初めて自主上映をされたとき、観客の反応はどうでしたか。

太田 1980年に『第一の敵』という作品を上映したんですが、反応はとても良かったですよ。地主に苦しめられている貧しい先住民の農民と、都会からやってきた反帝国主義を掲げる武装ゲリラが共同闘争を組むストーリーですが、人々は13年前にボリビアで亡くなったチェ・ゲバラのことを鮮明な記憶として持っているわけです。ですから、映画の紹介が新聞に載ると非常に多くの人が詰めかけましたし、そのことが全国の映画愛好家に伝わって、各地から上映したいという声が相次ぎました。名古屋シネマテークや大阪のシネ・ヌーヴォといった映画館が、その後40年間上映してくれたわけです。

小田 劇中、自分が一番安心して見てられる人物が、ヒメナさんでした。ウカマウ集団にも彼女のような人がいたのでしょうか。プロデューサーのベアトリス・パラシオスさんがヒメナのような存在だったんじゃないかなと思ったんですが。

太田 ベアトリスがヒメナのような存在というのは、そのとおりです。非常に的確にやりとりできる人でした。ウカマウ集団は、必ずしも固定的なメンバーで活動しているわけではないんですね。軍事政権の間は海外での亡命生活が続くし、5、6年に1本作るかどうかですから。『鳥の歌』は、キューバの映画人も関わっていますし、いろんな人たちの協力を得ながら、一作ごとにメンバーが構成されていました。

質疑応答

──鳥の歌の祭りは実在しますか。俳優はプロですか、現地の人ですか。

…ユーロスペース、KBCシネマ、シネマネコ、名古屋シネマテーク、第七藝術劇場ほかより

太田 彼らの映画には、お祭りの場面がよく出てくるんですが、どこでどういうふうに撮ったかを聞くのは差し控えています。サンヒネスたちにとっても、そう簡単に特定することができない場所ですし、万が一場所を公にしまったら、どんな人たちがつめかけてくるかわからない時代ですから。ただ、祭りの形態としては実際にあるものだと思っています。彼らの映画づくりからすれば、基本的には素人が演じていますが、舞台俳優とか演劇関係者がある程度入っているのではないかと思います。

──小田監督に質問です。撮影現場で被写体との距離感で気をつけていることはありますか。

…ユーロスペースより

小田 作品による、というのが正直なところです。『セノーテ』は、ロードトリップみたいな形で撮影させてもらったんですが、自分たちは知り合いがいないので、ユカタン半島出身のアシスタントディレクターの知り合いをたどって、村々の案内人の方に土地の歴史を知っている人を紹介してもらいました。撮影させてもらった人と過ごす時間は、多くても1日6、7時間ぐらいです。基本的には、セノーテもしくは土地の記憶に関する質問をするんですけども、答える人たちは自分の話したいことを話されます。自分たちはそれをずっと聞いている。それがコミュニケーションだったかはわかりませんが、そういうやりとりでした。

これからのアートハウスについて

小田 自分が今から述べることの文脈では、おそらくミニシアターと言ったほうがいいかと思うんですけども。最近は心が消耗するような出来事が提示されることが増えたなと思います。経営的な厳しさがありながら、映画への愛によって守られてきた場所としてミニシアターがある。だけど、その影にはひずみみたいなものが生まれて、現場で立場の弱い人にしわ寄せがいってしまうことが知られてきたと思います。そういう事実を追っていると、私が作っている映画が、直接的にも間接的にも誰か人を傷つけることに関与しているのではないかという気持ちになって、自分の映画に対する愛みたいなものに不安を覚えます。それはカメラの暴力性とはまったく違う話なんですけども。

自分が作れる映画の形は限られていて、上映してもらえてもそんなに人が来ない。人が来なければ、作り手の収入にならないだけでなく、劇場の経営も圧迫します。じゃあ、ヒットする映画が作れるのかというと、それは違う問題かなと思っていて、ヒットしない映画も社会を豊かにします。だから、その豊かさのためにお金が循環するシステムを行政が作って、実施できるように協働するしかないのかなという気持ちになっています。面白い映画が東京だけで上映されているということにならないためにも、そういう助成が作られてほしいなと思っています。

初日に『クローズ・アップ』を久しぶりに観ました。主人公のサブジアンが彼の好きな映画に対して「不条理な世界に対する自分の憤りや悲しみを鎮めてくれた。救われた」と言っていて、その言葉に自分も救われました。映画を観るとか、映画をつくるって、本来そういうことだよなと思わせられて、映画を観ることで心がちょっと穏やかになった気がします。すぐに何かを解決するような方法を自分は持たないですけども、ひとりの作り手として、映画を届ける人たちと一緒に、じゃあどうすればいいんだってことをこれからも考えていければと思っています。

(取材・構成=木村奈緒)

『鳥の歌』

監督・脚本:ホルヘ・サンヒネス 製作:ウカマウ集団

1995年|ボリビア|102分|カラー

16世紀にアンデスを「征服」したスペイン遠征隊の行為を、批判的に描く映画を製作しようとした撮影隊が直面した現実とは? 撮影に訪れた先住民の村で「ここから出ていけ!」と詰め寄られた映画人たちは、やがて問題の本質に気づく。アンデス世界の価値観に基づく独自の映画言語でゴダールらにも衝撃を与えたボリビア・ウカマウ集団の代表作の一つ。ロカルノ国際映画祭「質と刷新」賞受賞。


小田香

映画作家

1987年生まれ。フィルムメーカー。アーティスト。2011年、アメリカのホリンズ大学・教養学部映画コースを修了。2013年に、映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮する、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの映画学校「フィルム・ファクトリー」に招聘される。2015年の長編第一作『鉱 ARAGANE』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭2017・アジア千波万波部門で「特別賞」を受賞。2019年の『セノーテ』はロッテルダムや山形といった国際映画祭で上映され、さらに坂本龍一、黒沢清監督が審査員をつとめる第1回「大島渚賞」を受賞。2021年、『セノーテ』の成果により第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。同年の東京フィルメックスで、コンペ部門の審査員を務める。

太田昌国

シネマテーク・インディアス

1943年生まれ。東京外国語大学ロシア科卒業。1973年から76年にかけてラテンアメリカを旅し、帰国後に「シネマテーク・インディアス」として、ボリビア・ウカマウ集団作品の自主上映を主宰、さらにいくつかの作品の共同制作を実現。1980年代半ばから、現代企画室の編集者として、第三世界の歴史・思想・文学、世界と日本の民族・植民地問題、フランス現代思想などに関する書籍の企画・編集を数多く手がける。著書に『日本ナショナリズム解体新書』『「拉致」異論』『チェ・ゲバラ・プレイバック』『新たなグローバリゼーションの時代を生きて』など。ウカマウ集団の『革命映画の創造』、チェ・ゲバラの『マルクス=エンゲルス素描』などの翻訳も手掛ける。2000年には『アンデスで先住民の映画を撮る ウカマウの実践40年と日本からの協働20年』を編集。

現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜 vol.2
2021年12月11日(土)-17日(金)
全国24館で実施
企画・運営:東風 企画協力・提供:ユーロスペース
協力・提供:アイ・ヴィー・シー/アンスティチュ・フランセ日本/グッチーズ・フリースクール/コミュニティシネマセンター/シネマテーク・インディアス/ノーム
文化庁「ARTS for the future!」補助対象事業
https://arthouse-guide.jp/

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