Arthouse Press 藝術電影館通信

ARTICLES & REPORTS

韓国インディペンデント映画の現在と「日韓映画館の旅」
コミュニティシネマフェスティバルvol.1~日韓映画館の旅~

ARTICLES
2025年10月21日

佐藤結(映画ライター)

「コミュニティシネマフェスティバルvol.1~日韓映画館の旅~」チラシ

 2000年代の始めから多彩な作品が日本でも見られるようになった韓国映画。多額の予算をかけた大作や世界の映画祭で受賞した有名監督の作品はもちろん、ヤン・イクチュン監督の『息もできない』(09)やキム・ボラ監督の『はちどり』(18)など、個性豊かなインディペンデント映画も多くの人の心をつかんできた。「日韓映画館の旅」では、2022年から2024年にかけて発表され、いずれも高い評価も受けてきた『成績表のキム・ミンヨン』、『ロンリー・アイランド』、『長孫-家族の季節』が上映され、韓国インディペンデント映画の今を感じることができる。

『成績表のキム・ミンヨン』

 企画、制作から配給、上映までの各段階において韓国映画振興委員会(KOFIC)が様々な支援を行う韓国では、基本的に法律によって決められた審査を通過したものが「インディペンデント(独立)映画」と呼ばれる。「利潤確保を一次目的とする商業映画の投資・製作・配給方式から脱皮した映画」であることに加え、「商業映画では扱われない政治的、社会的、文化的な問題と人物を深く扱った映画」、「偏見や慣習にとらわれない表現によって、ほかとは違う経験を伝える映画」、「新しい知識を提供し、オルタナティブな方法を提案する映画」であることが求められる。

 KOFICが毎年発行する『2024年 韓国映画産業決算』によれば、2024年は115本の韓国インディペンデント映画が公開され、そのうちの22.6%にあたる26本が1万人以上の観客を動員した。インディペンデント映画とアート系映画に限った興行順位では、初代大統領である李承晩を再評価する『建国戦争』(日本未公開)が117万人を集めて1位、民主化の闘士から大統領となった金大中の半生を描く『オン・ザ・ロード 不屈の男、金大中』が3位と、ドキュメンタリーの健闘が目立った。劇映画では、有名俳優が出演し日本でも公開された『最後のピクニック』が2位、『ケナは韓国が嫌いで』が5位にランクイン。伝統的な家族制度を維持することの難しさを静かに見つめた『長孫-家族の季節』も8位となっている。

『長孫―家族の季節』

 韓国は日本に比べて大学の映画学科が多く、より実践的な教育を受けられるKOFIC傘下の「韓国映画アカデミー」と合わせて新人監督の登竜門となっている。『長孫-家族の季節』のオ・ジョンミン監督と『ロンリー・アイランド』のキム・ミヨン監督も韓国映画アカデミーの出身だ。1984年設立の同校には正規課程とそれに続く長編課程があり、毎年、7本程度の長編映画が誕生。インディペンデント映画の製作スタジオとしての役割も果たしている。

オ・ジョンミン監督(『長孫―家族の季節』) キム・ミヨン監督(『ロンリー・アイランド』)

(左)オ・ジョンミン監督(『長孫―家族の季節』)
(右)キム・ミヨン監督(『ロンリー・アイランド』)

 インディペンデント映画の世界では、女性監督たちの活躍も目覚ましい。特に19年から20年にかけては、前述した『はちどり』を筆頭に、イ・オクソプ監督の『なまず』(18)、ユン・ダンビ監督の『夏時間』(19)、キム・チョヒ監督の『チャンシルさんには福が多いね』(19)など、まったく違う特色を持つ作品が次々と公開された。『成績表のキム・ミンヨン』のイ・ジェウン監督とイム・ジソン監督、『ロンリー・アイランド』のキム・ミヨン監督も、彼女たちに続く才能として注目されている。片やハンギョレ新聞の映画ワークショップで出会った2人組、片や、大学院で美学を学んだのち『風の丘を越えて 西便制』(93)の名匠イム・グォンテク監督の制作部を経験と、来歴は異なるが、独自の語り口と映像表現を持った作家たちだ。

『はちどり』

 韓国映画100周年を迎え、『パラサイト 半地下の家族』が大ヒットした2019年は、映画の観客数が歴代最高の2億2668万人を記録した年でもあった。しかし、翌年には新型コロナウィルス感染症が世界的に広がり、韓国映画界も大きな打撃を受けた。時を同じくして配信プラットフォームの利用が一般的となり、映画館に足を向ける人の数が激減。いまだ回復のきざしが見えず、今年、9月に行われた釜山国際映画祭(BIFF)でも、監督や俳優たちが「映画館で映画を見てください」と口を揃えた。同映画祭では、ソウルにある代表的なアートハウス「シネキューブ」の25周年を記念して製作された映画と映画館についてのオムニバス『劇場の時間たち』(『わたしたち』(15)のユン・ガウンと『脱走』(24)のイ・ジョンピルが監督)も上映された。

『ロンリー・アイランド』

 「ミニシアターやシネマテークの魅力や重要性を広く伝える」ことをうたう「日韓映画館の旅」では、苦境のなかでも「映画館で映画を見る」ことをあきらめない人たちが登場するドキュメンタリーも上映される。『Mr.キム、映画館へ行く』は、KOFICの前身である韓国映画振興公社の社長を務めた後、BIFFの執行委員長として長く韓国映画界の「顔」だったキム・ドンホの監督作。「エム・シネマ」、「アートナイン」といったソウルのアートシネマをはじめ、地方にも足を伸ばした彼を迎える館主たちの言葉からは、圧倒的多数を占める大手シネコンチェーンとは違うやり方で、劇場という「場」を残していこうとするアイディアと努力が感じられる。一方、『ウォンジュ・アカデミー劇場の記録』は、18年に冬季オリンピックが行われた江原特別自治道の南部に位置する街・原州(ウォンジュ)に60年代から存在した映画館を守ろうとした市民たちの姿を記録したオムニバスだ。

(左)『Mr.キム、映画館へ行く』
(右)『ウォンジュ・アカデミー劇場の記録』

 韓国のアートシネマが大切に上映を重ねてきた日本未公開のインディペンデント映画の秀作を日本各地のコミュニティシネマで見る「日韓映画館の旅」。映画が生まれ、観客に届くまでの旅程にも思いを馳せながら楽しみたい。

佐藤結

映画ライター。90年代に交換留学生として韓国・延世大学へ留学。01年から韓国映画やドキュメンタリー映画、韓国ドラマを中心に執筆。共著に「韓国映画で学ぶ韓国の社会と歴史」(キネマ旬報社)、「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニムズ・ジェンダーから読む」(青弓社)、「作家主義 韓国映画」(A PEOPLE)、訳書に「私書箱110号の郵便物」(イ・ドウ著/アチーブメント出版)がある。


コミュニティシネマフェスティバルvol.1 日韓映画館の旅

[チラシ] こちら

[ウェブサイト] http://jc3.jp/ccfes/

[会場]

【第1期】
シネ・ヌーヴォ(大阪) 11/15(土)―28(金)
福岡市総合図書館(福岡)  11/9(日)―16(日)、11/19(水)―29(土)
【第2期】
ユーロスペース(東京) 2/28(土)―3/6(金)
ストレンジャー(東京) 2/27(金)―3/12(木)
シネマテークたかさき/高崎電気館(高崎映画祭)(群馬) 3/13(金)―3/22(日)
アテネ・フランセ文化センター(東京) 2/12(木)―2/21(土) ※関連企画「1950年代韓国映画傑作選」のみ

[上映作品]

▷韓国芸術映画館協会賞受賞作品

 『成績表のキム・ミンヨン』2022|監督:イ・ジェウン、イム・ジソン
 『ロンリー・アイランド』2023|監督:キム・ミヨン
 『長孫―家族の四季』2024|監督:オ・ジョンミン

▷映画館を撮ったドキュメンタリー

 『ウォンジュ アカデミー劇場の記録』2023
 『Mr.キム、映画館へ行く』2025|監督:キム・ドンホ

 韓国映像資料院がデジタル修復した「1950年代韓国映画傑作選」7作品も合わせて上映!
 洛東江(52)/ピアコル(55)/未亡人(55)/嫁入りの日(56)/自由夫人(56)/地獄花(58)/お金(58)

 韓国から映画・映画館関係者、多数来日!


関連記事

記事をシェア: