韓国と日本のアートハウス(ミニシアター)の交流-(1)
「2024 ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展」レポート
小林良夫(元「横浜シネマジャック&ベティ」副支配人)
2024年6月21日(金)〜23日(日)、韓国・仁川市にある映画館「ミリム劇場」を会場として、<2024 ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展>が開催されました。日本からシネマ・ジャック&ベティ、シネマテークたかさき、川越スカラ座、シネ・ヌーヴォの4館のミニシアター、コミュニティシネマセンター、横浜で活動するアートユニットArt Lab Ovaが招待され、プログラムに参加しました。
※同時上映展という名前ですが、今回はミリム劇場のみが会場となっています。
1日目 [6月20日]:ミリム劇場と周辺の施設を見学
今回の企画に先立ち前日入りした日本側のメンバーは、本企画の会場となるミリム劇場、後援団体である「仁川映像ネットワーク協議体」に関連する映画館や施設を訪問することができました。
■ ミリム劇場
ミリム劇場は、仁川(インチョン)広域市の「東仁川駅」の近くに1957年に開館。改築などを経ながら60年以上の歴史を持つ映画館です。シネマコンプレックス全盛となった2004年に一度閉館しますが、2013年に行政の支援を受け、「仁川市社会的企業協議会」の運営により再開しました。再開後は、高齢者向けのクラシック作品、インディーズ作品の上映を中心に、映画以外のアート・教育プログラムも行う文化施設として運営されています。
253席の1スクリーンで、2階にはトークショーなどを行うことができるイベントスペースがあります。館内には劇場の歴史を紹介するコーナーや、アーティストがミリム劇場をテーマに描いた絵画なども展示されています。
代表のチェ・ヒョンジュンさんは、仁川市による支援の削減や、施設の老朽化といった目の前の問題に直面しながらも、広い視野から仁川地域や映画文化の活性化に取り組んでいます。また若い世代へ繋ぐ試みとして、仁川地域の学生を中心としたミリム劇場の公式サポータークラブ「ミリミ」が活動しており、現在は6期生が活動して本イベントの運営にも携わっていました。
ミリム劇場入口
ミリム劇場内
■ 「仁川映像ネットワーク協議体」の関連施設
1)愛観劇場
ミリム劇場からも近い映画館「愛観劇場」は、『インサイド・ヘッド2』のポスターが掲げられた外観からは想像できませんが、韓国人によって初めてつくられた屋内映画館として130年近い歴史を持つ劇場です。1895年に開館し、朝鮮戦争で被災した後、1960年の建て直しを経て現在も営業を続けています。劇場の一部には、その歴史を振り返る展示が行われており、2021年には、ポン・ジュノ監督らが同劇場への思いを語った『観ることを愛する』(原題:보는 것을 사랑한다)が制作されるなど、その価値が再認識されています。しかし運営は厳しい状況が続いており、存続を望む市民により「愛観劇場を愛する仁川市民の会」が発足。仁川市による劇場の保護を求める活動が行われています。
愛観劇場
『観ることを愛する』ポスター
2)チュアン・シネスペース
「チュアン・シネスペース」は、2007年に開館した4スクリーンの映画館で、アート系作品を中心にラインナップした上映を行っています。私たちが訪問した日は、濱口竜介監督『悪は存在しない』も上映されていました(当時の時点で、2024年の観客数が最も多かった作品は『関心領域』とのことでした)。行政からの支援を受けて運営していますが、映画上映以外にもトークイベントや、来場者のポイントに応じたプレゼント企画など、集客への努力が伺えました。通常の上映を行っている4スクリーンとは別に、映画上映以外のイベントも行うことができる可動式客席を備えた多目的ホールも併設されています。
チュアン・シネスペース 入口
チュアン・シネスペース ロビー
3)チュアン映像メディアセンター
チュアン・シネスペースの向かいのビルには、それと連携する形で、「チュアン映像メディアセンター」が入居しています。このセンターでは、市民がメディアを学んで発信・活用できるように、教育プログラムや、機材・施設の貸し出しが行われています。メディア教育というと、パソコンが並んだだけの部屋を想像してしまいますが、クロマキー撮影が可能なスタジオ、ドローン操縦の練習場、VRゴーグルの設備も備わっていたり、カフェも併設されていて、市民が新しい技術に親しみながら取り組める環境作りを垣間見ることができました。
チュアン映像メディアセンター
4)仁川映像委員会
仁川映像委員会は、フィルムコミッションとして撮影誘致、ロケハンや撮影・制作支援を行うだけでなく、地域におけるクリエイター育成、映画祭の開催などの事業を行っています。委員会が入居する煉瓦造りの建物が植民地時代に倉庫として使われていた建物であるように(残念ながら近々移転されるそうですが)、仁川は韓国における近代化の始まりの地として、現代的な建物の裏に、古い街並みが残っています。そのため、ドラマや映画、CMなど様々な撮影のロケ地と使われているそうです(シネマ・ジャック&ベティのある横浜でも頻繁にロケが行われていますが、その理由も含めて近いものを感じます)。事務所の壁には、仁川でロケされた作品のポスターが多数飾られていました。仁川の街を散歩している途中にも、「『トッケビ』のロケ地を探しているなら向こうだよ」と声をかけられるように、仁川の市民のなかでも、認識が共有されているようでした。
仁川映像委員会
2日目[6月21日]:上映プログラムとプレゼンテーション
■ 上映プログラム
「映画で繋がる韓国と日本」というコピーが掲げられた<2024 ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展>では、日本映画8作品、韓国ドキュメンタリー映画2作品、日本と韓国の大学生による合作1作品が上映されました。
日本映画としては、日本から参加したミニシアター4館が、ロケ地にゆかりがある作品、思い入れがある作品など、以下の2作品ずつを選定しました。
シネマ・ジャック&ベティ➡︎『浅田家!』(2020/中野量太)『深夜食堂』(2015/松岡錠司)
シネマテークたかさき➡︎『少女邂逅』(2018/枝優花)『珈琲時光』(2004/侯孝賢)
川越スカラ座➡︎『百万円と苦虫女』(2008/タナダユキ)『南極料理人』(2009/沖田修一)
シネ・ヌーヴォ➡︎『偶然と想像』(2021/濱口竜介)『トニー滝谷』(2004/市川準)
ジャック&ベティ推薦の『深夜食堂』上映前には、出演者の安藤玉恵さんから今回の上映に寄せたメッセージが代読されました。また『南極料理人』は、沖田修一監督が2019年に同行してくださった同時上映展でも上映された作品でしたが、今回の上映でも多くの来場者があり人気を博していました。
韓国映画では、ドキュメンタリー作品『倒れない(原題:무너지지 않는다)』『古い未来都市(原題:아주 오래된 미래도시)』の2作品が上映されました。
『倒れない』は、韓国の原州(ウォンジュ)市の歴史的な映画館「アカデミー劇場」をめぐる作品です。映画館としての営業を終えた後、市によって文化施設として活用されていることが決まっていたアカデミー劇場は、市長が交代するや話が一転し、取り壊して駐車場になってしまうことに。憤った市民がデモやハンガーストライキで取り壊しに反対活動を行うのですが、本作はその只中にいた3人の市民がそれぞれの視点で捉えたドキュメンタリーです。アカデミー劇場をめぐる一連の騒動は、価値のある建物が取り壊されるというだけの問題を超えて、「建物は倒れても、市民は倒れない」として、市民運動の観点から熱とともに注目されていることが伺えました。
『古い未来都市』は仁川の街に関するドキュメンタリー作品です。仁川は韓国の近代化の始まりの土地として、歴史的な価値のある建造物や町並みが残っている一方で、高層マンションの建築や港湾地域の開発が急速に進んでいます。本作では、開発と保存をめぐる仁川の状況や、古い建物をリノベーションして活用している実例が登場しています。映画に登場する歴史的な町並みには劇場からも歩いて行けましたし、2019年の訪韓時は無かったミリム劇場の眼前の高層マンションを目の当たりにして、変わりゆく仁川を映画とともに体感しました。
日韓合作の作品としては、早稲田大学映画研究会と仁川市の仁荷大学映画研究会「LIGHTHOUSE」による合作『YOU ARE MY DREAM』が上映されました。本作は仁荷大学の学生たちがアプローチしたことから始まった<日韓合同映像制作プロジェクト>第1弾ですが、その後も継続的に作品製作が続けられています。
日本のミニシアターのプレゼンテーション
シネマ・ジャック&ベティは、私、副支配人の小林が、劇場の歴史や、コミュニティシネマセンターと共同で行っている特集上映「映画批評月間/フランス映画の現在」やArt Lab Ovaと行っている「若葉町多文化映画祭」などのプログラム、コロナ禍による売上減少により実施したクラウドファンディングなどについて紹介しました。
シネマテークたかさきは、小林栄子支配人が、高崎映画祭からシネマテークたかさき誕生に至る経緯や、「映画を通して街と人を繋ぎたい」として行っている近隣店舗等とのタイアップ企画、他のコミュニティシネマと実施している「夏休みの映画館」や職場体験の受け入れなど次世代へ繋げる活動も紹介しました。
川越スカラ座は、飯島千鶴副代表が、スカラ座の歴史、コロナ以降、観客が減少している現況、是枝裕和監督のトークイベントやマサラ上映などのイベントの様子、作品によって行っている独特な割引企画などについて紹介され、特に『南瓜とマヨネーズ』に合わせて行われたダメな恋愛話を話すと割引となる「黒歴史割」の紹介では会場が笑いに包まれていました。
シネ・ヌーヴォは、山崎紀子支配人が、写真による劇場ツアーや、月刊「映画新聞」からシネ・ヌーヴォ開館までの経緯、コロナ禍で行われた〈Save our local cinemas プロジェクト〉やコロナ後に行ったクラウドファンディングについて紹介。またお客さんを飽きせないという気持ちで続けている数々の特集上映も紹介されました。
韓国のアートシネマと日本のミニシアターの交流
日本のミニシアターによるプレゼンテーション後には「韓国芸術映画館―日本ミニシアター懇談会」が行われました。ソウルから、韓国芸術映画館協議会の代表を務める「アートハウス・モモ」のチェ・ナギョンさんや「アートナイン」のジュ・ヒさん、「エムシネマ」のキム・サンミンさん、「シネマテーク・ソウルアートシネマ」のキム・ソンウクさん、この企画を支援する国際交流基金ソウル日本文化センターの方々や、仁川のチュアン・シネスペースのパク・ヨンウさん、それに、昌源(チャンウォン)市の「シネアートリゾーム」のハ・ヒョソンさんらも参加して、車座でそれぞれの国のコロナ後のアートハウスの状況を話し合いました。チェ・ナギョンさんからは国際的なアートシネマのネットワークであるCICAE(International Confederation of Art Cinemas)に参加したお話などもあり貴重な情報交換の場となりました。
3日目[6月22日]:韓日映画館協力フォーラム
フォーラムは、<日本における市民主導の映画コミュニティと地域映画館><高崎市の映画館支援政策と運営について><ミニシアターの持続に向けた戦略と観客開拓>の3つのテーマで行われました。
■ 日本における市民主導の映画コミュニティと地域映画館
報告:岩崎ゆう子(一般社団法人コミュニティシネマセンター 事務局長)
登壇者:ウォン・スンファン(司会、インディペンデント映画専用館「インディースペース」代表」、チェ・ナギョン(韓国芸術映画館協会 会長)、ペク・チェホ(韓国インディペンデント映画協会 理事長)、イ・サンヒョン(原州アカデミー劇場保存活動)、ペク・ヒリム(原州アカデミー劇場保存活動)
岩崎ゆう子さんが、コロナ禍で閉館する映画館がある一方で、閉館した映画館をリノベーションするなど市民主導で新しく生まれる映画館がある日本の現状を紹介しました。一定の条件はあるもののKOFICによる映画館支援がある韓国に対して、国や行政からの支援がほとんどない日本で、市民主導で閉館した古い映画館が再開され、新たなミニシアターが生まれている現状は、興味深く受け止められていました。トークセッションでは、チェ・ナギョンさんが「図書館では毎週借りられるような人気のある本と5年に1回だけしか借りられない本がどちらも大切に並べられ、当然のこととして理解されている。同様に映画についても、市民は映画館において多様な映画に触れる権利があるという意識を広げることが重要ではないか」と話されていたのが印象的でした。
■ 高崎市の映画館支援政策と運営について
報告:志尾睦子(NPO法人たかさきコミュニティシネマ代表理事)
登壇者:キム・ソンウク(司会、「シネマテーク・ソウルアートシネマ」プログラム・ディレクター)、キム・ヒョンス(韓国映画振興委員会(KOFIC)事業本部長)、ハ・ヒョソン(「シネアートリゾーム」)、ハン・チェソプ(「光州インディペンデント劇場」館長)
民間の映画館でありながら、高崎市から全面的な支援を受けて運営される「シネマテークたかさき」の成り立ちや、高崎映画祭、高崎電気館、たかさきフィルムコミッションなど多彩な映画事業を手掛ける「たかさきコミュニティシネマ」の活動事例が志尾代表により紹介されました。国の支援がない中で、映画祭や映画館に手厚い支援を行う高崎市の事例は大きな関心を集め、補助金の交付を規定した条例があるのか、期間の設定があるのか、人件費の扱いは?といった、質問も寄せられました。トークセッションでは、「市民と地方自治体だけでなく、そこに国が加わったトライアングルになることが重要だろう」という意見も上がりました。
■ ミニシアターの持続に向けた戦略と観客開拓
登壇者:キム・ナムフン(司会、「みんなのシネマ」協会)、梶原俊幸(シネマ・ジャック&ベティ)、山崎紀子(シネ・ヌーヴォ)、飯島千鶴(川越スカラ座)、小林栄子(シネマテークたかさき)
日本から参加した4つの映画館の取り組みを紹介しました。コロナを経て中高年齢層の来場者が減る中、若年層の開拓の取り組みは日本も韓国も同様の喫緊の課題で、シネ・ヌーヴォからは関西のミニシアターを中心に活動している「映画チア部」の活動などが紹介されました。また日本のミニシアターが実施したクラウドファンディングについて、集まった金額の大きさも含めて関心が高く、平均的な出資額などの細かな質問も寄せられました。
4日目[6月23日]:アーティスト懇談会
■ 韓日芸術家交流懇談会
報告:蔭山ヅル(Art Lab Ova)、スズキクリ(Art Lab Ova)
登壇者:キム・プルナ(Art Lab 999)、リュ・ソクヒョン(音楽評論家)
横浜若葉町多文化映画祭の主催者であり、ジャック&ベティと連携したアートプロジェクトも行なっているArt Lab Ova(アートラボ・オーバ)の蔭山ヅルさん、スズキクリさんが活動を発表しました。キム・プルナさんが代表を務めるArt Lab 999は、Art Lab Ovaの活動に触発される形で発足、ミリム劇場を中心とした仁川の歴史的な題材をモチーフに、グッズや空間をプロデュースする活動を行っています。
またミリム劇場でも活動している音楽評論家リュ・ソクヒョンさんと、Art Lab Ovaがコラボレーションして、韓国で知られている日本の歌、日本で知られている韓国の歌を紹介して、そのエピソードを語る<モダンガールとモダンボーイのラジオショー>プロジェクトが行われました。ザ・フォーク・クルセダーズ『イムジン河』は日本でよく知られる歌ですが、韓国では映画『パッチギ!』によって初めて知った人も少なくないそうです。
終わりに
今回の企画には、韓国のアートシネマ(ミニシアター)運営者が多数参加されました。ミニシアターの運営は少人数で目の前の仕事に追われ、視点も内向きになりがちではないかと思います。ミリム劇場はじめ韓国のミニシアター関係者が、日本の状況に興味を持ち、交流の機会をつくってくださったことはありがたく、日本からの参加者にとって、自分たちがやってきたことと、いま置かれている状況を整理するよい機会となったと思います。
今回の同時上映展の主催者として、シネマ・ジャック&ベティとミリム劇場の名前が並べて冠されていますが、実際は、ほぼ全てがミリム劇場、とりわけチェ・ヒョンジュン代表の働きかけによって実現したものです。チェ代表は来日された際には、日本の各地のミニシアターを積極的に訪ねて歩き、関係性をつくって来られました。チェ代表の行動力と求心力にはいつも尊敬の念を抱いています。
会期中の深夜、仁川の居酒屋で行われた二次会の席で、「助成があるといっても、金銭的に大変なのではないのですか」とチェ代表に聞いてみました。ジャック&ベティが主催してこれほどの規模の企画を行うことは、想像できないほど難しいことだからです。チェ代表は「確かにそうですね」と一息ついたあと、「それでも、会いたいじゃないですか」と仰いました。
パンデミックにより延期となった末に開催された今回の<2024 ジャック&ベティ・ミリム劇場 同時上映展>は、コロナ以降に顕著となったミニシアターの観客減とそれに対する支援の必要性、一方で原州アカデミー劇場の取り壊しに象徴される文化政策の先行きの不安定さなど、より切実な課題も加わった内容となりました。
ジャック&ベティとミリム劇場という2館にとどまらず、日韓のミニシアターが会した今回の企画は、厳しい状況の中でも国も超えてお互いの状況を共有し合い、客観的な視点も得られた意義ある企画となりました。これからも継続的な交流が続くことを願っています。
2024ジャック&ベティ・ミリム劇場同時上映展
主催のチェ・ヒョンジュン氏(ミリム劇場代表)
小林良夫
1980年生まれ。横浜・黄金町地域の町おこし活動に参加した経緯から、現支配人の梶原俊幸と共に2007年4月からシネマ・ジャック&ベティ運営を引き継ぐ。その後2024年7月まで副支配人として勤務。