プレゼンテーション+ディスカッション「”映画祭”の時代」:① フランス・リュサス国際ドキュメンタリー映画祭
全国コミュニティシネマ会議2022イン盛岡(2022年11月18日/岩手県公会堂)
プレゼンテーション+ディスカッション「”映画祭”の時代」より
クリストフ・ポスティック (リュサス国際ドキュメンタリー映画祭プログラム・ディレクター)
全国コミュニティシネマ会議にお招きいただき、みなさまとこうしてお話ができることを大変光栄に思っております。ここにお招きくださった皆様にお礼を申し上げます。
最初に、リュサス国際ドキュメンタリー映画祭ができた経緯についてお話しします。1985年に映画監督とプロデューサーたちが集まって「La Bande à lumière」というグループを作って、フランス国立映画センター(CNC)に対して、ドキュメンタリー映画に対する支援を求める宣言を発表しました。そのグループには、レイモン・ドゥパルドン監督やヨリス・イヴェンスといった著名な人も含まれていましたが、監督でありプロデューサーでもあるジャン=マリー・バルブも参加していました。彼は、アルデシュ県生まれで、アルデシュ県リュサスで、「États généraux du film documentaire」(ドキュメンタリー映画祭)をやろうと提案します。そして、1989年、第1回目の映画祭が実現しました。山形国際ドキュメンタリー映画祭が始まったのと同じ年です。それから33年を経て、リュサス国際ドキュメンタリー映画祭はフランスでも最も重要なドキュメンタリー映画祭のひとつとなり、ドキュメンタリー映画について映画的かつ批評的な議論が行われる場として重要な位置を占めるようになりました。
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭とは
この映画祭にはコンペティションはありません。ドキュメンタリー映画についてのセミナー、特定の国のドキュメンタリー映画の特集や作家のレトロスペクティヴなど、特別なプログラムで構成されています。制作から配給、上映までプロフェッショナルが集まり、産業(経済)的な側面からドキュメンタリー映画についてディスカッションを行うプログラムもあります。
先ほど申し上げたとおり、リュサス国際ドキュメンタリー映画祭は、パリで開催されるシネマ・デュ・レエル Cinéma du reel(2023年、第45回)、マルセイユ国際ドキュメンタリー映画祭(2023年、第34回)と並び称せられるフランスで最も重要なドキュメンタリー映画祭です。
映画祭の規模をお伝えするために、いくつか数字を挙げると、毎年6日間にわたって開催され、約120本の映画が、5つの会場(合計860席)で上映されます。夜には800人を収容する会場で、野外上映が行われます。観客数は約2万人です。
リュサスは、アルデシュ県にある人口約1200人の小さな村で、フランスの新幹線TGVが止まる「モンテリマール駅」から車で約40分の田園地帯にあります。基幹産業は農業です。こうした場所で映画祭をやるにあたって最も重要なのは、村の人々、役場の人たち、村長と良好な関係を築くことです。彼らと一緒に映画祭をつくっていくことがとても大事で、リュサスの村役場と村長(残念ながら今年亡くなった)は、この映画祭の創設以来、変わることなく支援を続けてくれています。
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭 成功の理由
この映画祭がなぜ成功し、続いてきたのか、その理由を挙げてみます。
- 第1に、練り上げられた質の高いプログラムを提供していることです。講師やプログラマー、映画制作者、批評家、歴史家、哲学者等々(中には著名人も含まれる)といった登壇者の質の高さ。そこで話し合われるディスカッションの内容が充実していること。
- そして、人々を受け入れるリュサスという場所が、本当に気持ちのよい、リラックスして余暇を楽しむことができる場所であると同時に、集中して映画を学ぶことができる場でもある、そうした雰囲気を提供しているということも大切です。
- 観客に対するリスペクトも重要です。観客は、我々が思っている以上に、高いレベルの要求をしているものです。この映画祭では参加者は「映画を消費するためではなく発見するために、場所と時間を共有するためにここにきたのだ」と感じることができます。
映画祭がこのような場であるからこそ、観客が戻っているのかもしれません。リュサス国際ドキュメンタリー映画祭は、コロナ禍を経て、今年2年ぶりに開催できたわけですが、2019年と同じくらいの動員数、入場者数に恵まれました。映画館に観客がまだ戻ってきていない一方、映画祭が観客数を回復しているのは、「時間を共有する」という感覚を映画祭のほうが直接的に提示できるからではないかと思います。
この映画祭では、ドキュメンタリーだけではなく、フィクションも含めて「映画」について考える場をつくっています。ドキュメンタリー映画を、世界を記録し、探求し、世界に対峙することによって、世界の複雑さに近づくための試み、繊細な経験として捉え、その表現やストーリー、演出について考え、ドキュメンタリー映画をみることが、感覚を揺り動かすような体験であること、それを確認する場であることを大切にしています。「世界について」の映画ではなく、「世界の中に」ある映画と共にありたいと思っています。映画は、世界における在り方、生の形の表現であり、映画には無限の可能性があります。
あらかじめテーマを設けるのではなく、作品自体に導かれるように映画祭を作っていく、そしてそれについて批評的な視野をもってみんなで考える、そうした映画祭を目指しています。
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭のプログラム
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭は、テーマもコンペティションも設けていませんが、様々な課題についてのセミナーや、ある国のドキュメンタリー映画の特集、作家のレトロスペクティヴや、映画表現への様々なアプローチをしている新しいフランス語のドキュメンタリー映画のセレクションがあります。
上映作品は、最新の映画、旧作、映画史上の名作等から選ばれますが、監督や批評家などによるミーティングによって選ばれるものもあります。
たくさんあるプログラムの中から、4つのプログラムをご紹介します。
- Experiences of the Regard (視線の体験)
映画祭創設初年度から行われているプログラムで、専門家 (プロデューサー、監督、編集者など) が、その年に制作されたフランスのドキュメンタリーから上映作品を選定します。(同業者によるセレクションでコンペではありません)現在では、その範囲はフランス語圏のヨーロッパ諸国に拡大され、プログラムの名前は「Experiences of the Regard (視線の体験)」としています。
– セミナーまたはワークショップ
セミナーまたはワークショップ (週に 2~3 回実施) は、すべてのフェスティバル参加者が参加できます。ひとつのセミナーは1~2日間で、映画に関する課題や問題を設定し、理論的・実践的な考察を行います。講師には、映画製作者や批評家、哲学者、歴史家、研究者、作家などが招かれ、著名人も含まれます。
– Histoire de doc(ドキュメンタリーの歴史)
ある国のドキュメンタリー映画の歴史についての特集。 2022年はキューバ映画を特集しました。映画史家の協力を得て、上映される機会のない、これまでにほとんど知られることのなかった映画を上映します。シネマテークのプログラムのような膨大な作品からなる特集で、多くの観客を魅了しています。
– Route du doc
「Route du doc」は、ドキュメンタリーの道とでも訳せるでしょうか。ある国の現代のドキュメンタリー映画を、その国の映画祭と共に選ぶプログラムです。「白紙委任」をするのではなく、ふたつの視線、ふたつの声、ふたつの手、ふたつの映画祭によってつくっていくプログラムです。今年は山形国際ドキュメンタリー映画祭と共同で、土田環さんをお迎えしてプログラムをつくりました。このプログラムは、フランスではほとんど上映されていない、または全く上映されていない映画を紹介する機会を提供しています。
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭 Route du doc 2022 上映作品
二重のまち/交代地のうたを編む 2019/小森はるか
竪川に生きる 2021/山本容子
SELF AND OTHERS 2000/佐藤真
あの優しさへ 2017/小田香
天領区奥領家大沢 別所製茶工場 2016/堀禎一
演劇1 2012/想田和弘
アリ地獄天国 2019/土屋トカチ
なみのこえ 気仙沼 2013/酒井耕/濱口竜介
なみのこえ 新地町 2013/酒井耕/濱口竜介
もう1つ紹介したいのは、映画の現場あるいはその周囲で働いている人たちとの出会いの場です。主にプロの人たちを集めて行うものですが、すべての観客にも完全に開かれた場にしています。そのひとつはプロダクションの歴史”production history”というタイトルがついているプロジェクトで、ある1本の作品がどのように企画され、製作され、配給されていくかという過程を、プロの人たちに話してもらうという場です。映画が経済的に、芸術的にどのようにつくられていくのかを語ってもらいます。
ここに集まる製作者たちは、経済的観点と芸術的観点の両面から、映画を作る方法を考えます。 リュサスにはマーケットはありません。製作者たちは、映画を「売り込む」ためではなく、提案し、対話するために来るのです。それが、リュサス国際ドキュメンタリー映画祭が守りたいと考えているものであり、他の映画祭とは異なる点で、このことによって多くの専門家から高く評価されているのです。
“ドキュメンタリー映画の村”
リュサスがこの30年間の間に、どのようにして“ドキュメンタリーの村”になっていったかをお話ししたいと思います。
リュサスにある「アルデシュ映像協会」では、ドキュメンタリー映画祭に加えて、ドキュメンタリー映画学校、講座が生まれました。グルノーブル大学の協力を得て行われる監督や製作者を養成するクラス、そして若い観客向けのワークショップも行われています。
アルデシュ映像協会には43,000 を超えるフランス映画のリソース センターと17,000 タイトルのビデオ ライブラリーがつくられ、映画祭の時期以外でも恒常的にドキュメンタリーの上映が行われ、作家とのディスカッションも行われています。これは非常に重要な不可欠な仕事です。リュサスのような小さな村がこのような“ドキュメンタリーの村”になったというのは本当に驚くべきことです。
リュサスには、ほかにも様々な組織が生まれています。例えば、作家的ドキュメンタリー映画のプラットフォームであるTënkは6年前に設立され、ドキュメンタリー映画のプロジェクトを募集し、オンラインで上映する、あるいは映画を制作するといった活動を行っています。Docmonde協会は、ライティング・レジデンスや共同制作ミーティングを組織し、海外の作家のドキュメンタリー制作に貢献しています。1つの配給会社と2つの制作会社ができました。全員が同じ共同の施設で仕事をしています。
年間を通して行われるドキュメンタリー映画の上映や、ドキュメンタリー映画講座、ワークショップといった継続的な作業に加えて、地域で行われている、ひとつの事例をご紹介します。リュサス国際ドキュメンタリー映画祭では創設以来、住民の家で上映を行う「ホームステイ上映会」という試みをやってきました。一度もドキュメンタリー映画をみたことがない人に、いきなり映画祭に来てドキュメンタリーを見てくださいと言っても、そんなところにいけないなと思う人もいるわけで、こちらから彼らのところに行って「友人を招待して上映会をやりませんか、上映後には監督との交流もやりましょう」と提案するものです。映画祭が始まった当時はVHSビデオでブラウン管テレビで見るという形でしたが、その後、周辺の村で上映会が組織され、映画祭で上映された作品が、監督も同行して上映されるようになりました。この試みは今日まで続いています。
観客について
最後に“観客”について話したいと思います。
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭の参加者は、半分はドキュメンタリー映画業界、プロフェッショナルの人たち、あとの半分は熱心な観客です。その中には映画を教えている人、あるいは研究者だったり、配給の人であったり、図書館や学校などいろいろなところで映画の上映活動をしている人たちもいます。
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭は、ここ数年、若い世代の観客が増えています。これには、次の 3 つの理由が考えられます。
- リュサスのドキュメンタリー映画学校(講座)は、22年間、毎年、大学の修士課程2 名、学資過程の監督コース12 名、製作コース6 名の学生、およびライティング・レジデンスの映画製作者をサポートしてきました。 これらの人々は、観客または経験豊富な映画製作者として映画祭に戻ってきます。
- この 20 年間で、他の大学にもドキュメンタリー映画の実習を含むコースができ、現在では、20以上の大学に広がっています。 その中には、ジャン・ルーシュ(Jean Rouch)が共同設立した Ateliers Varan (これは、老若男女の映画製作者にとって非常に重要な組織)や、 近年、ドキュメンタリー映画についての講座を開講している国立映画大学( La FÉMIS )も含まれています。
- ボランティアのほとんどは、映画制作志望者または熱心な観客であり、映画を見るためにボランティアに参加しています (ボランティア参加と引き換えに映画を見ることができるという契約をします)。
好奇心旺盛で、注意深く、批評的視野を持って映画を見る、そうした観客を育てるのは本当に難しい忍耐力のいる仕事です。しかし、私たちが考えている以上に、もしくは考えているのとは反対に、観客は、野心的で要求が厳しく、面倒で複雑でもある映画が提示されるのを待っているものでもあります。何か心をかき乱されるような、邪魔をされるような、それまでとは違う何かにぶち当たるような、そういった経験に出会うことがないのなら、映画館や劇場に行く意味はないのではないでしょうか。偉大な映画監督で演出家であったピーター・ブルックは、あるインタビューで「私たちはレッスンを受けるためにこの地球にいるわけでも、劇場に行くわけでも、あるいは映画館に行くわけでもありません」と述べています。ロラン・バルトは「なぜヒエラルキーや賞を与える必要などあるのだろう」と彼の著作で書いています。
そして批評家、映画監督、映画理論家であり、リュサスとも関わりの深かったジャン=ルイ・コモリが言うように「私たちは、映画を商品としてのスペクタクルとして捉えるのではなく、重要な経験として考えたいのです」。
クリストフ・ポスティック Christophe Postic
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭 プログラム・ディレクター
全国コミュニティシネマ会議イン盛岡(2022年11月18日/岩手県公会堂)
プレゼンテーション+ディスカッションⅠ「“映画祭”の時代」
-出演者
志尾睦子[シネマテークたかさき/高崎映画祭][基調プレゼンテーション]
高橋大[盛岡〈映画の力〉プロジェクト]
クリストフ・ポスティック[リュサス国際ドキュメンタリー映画祭プログラムディレクター]
宮崎しずか[アニメーション作家/ひろしまアニメーションシーズンアーティスティックディレクター]
司会:土田環[早稲田大学理工学部]
通訳:坂本安美[アンスティチュ・フランセ日本]
リュサス国際ドキュメンタリー映画祭HP(フランス語)