上映作品『SELF AND OTHERS』(佐藤真|2000)
トーク:草野なつか(映画監督)×小森はるか(映像作家)
巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」(4)
「現代アートハウス入門」の第3弾として、2022年10月~12月に行われた巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」。
上映に合わせて行われた監督や研究者等々、多彩な講師陣によるトークの記録を連載します。
現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑 (4)
『SELF AND OTHERS』(監督:佐藤真|2000年)
トーク:草野なつか(映画監督)× 小森はるか(映像作家)
2022年10月26日 東京|ユーロスペース
巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」。
佐藤真監督が、すでに亡き写真家・牛腸茂雄(ごちょう・しげお)を追いかけた『SELF AND OTHERS』の上映に合わせて、東京のユーロスペースでは、映画自体を問い直しながら『王国(あるいはその家について)』を撮った映画監督の草野なつかさんと、東北を拠点に人びとの営みや変わりゆく風景を記録してきた映像作家の小森はるかさんのおふたりによるトークが行われました。撮る者と撮られる者の関係、その「距離」について、映画というものの根源に降りて考えました。
「不在」を描く
草野 大学時代の私が「映画を撮る側にまわりたい」と思うきっかけとなった作品のひとつが佐藤真監督、第3作目の長編ドキュメンタリー映画『SELF AND OTHERS』(00年)でした。1983年に亡くなった写真家、牛腸茂雄さんについて、彼の写真や文章、肉声などを素材にして再構成しながら撮影されたドキュメンタリー映画です。この映画は、すでにこの世にいない牛腸茂雄の「不在」を描くために、カメラを使って「在る」ものを撮している。そこが好きなところです。また佐藤真監督も07年に亡くなられ、いまとなっては対象と監督、二重の不在を抱えた作品になってしまいました。
小森 私は佐藤真監督の『阿賀に生きる』を観たことがきっかけで、佐藤監督のことを知りたくなって『SELF AND OTHERS』を観ました。牛腸茂雄さんは83年に新潟県加茂市で亡くなられたんですが、翌84年、佐藤監督は助監督を務めた『無辜なる海 1982年・水俣』(香取直孝監督)の上映で新潟を訪れました。そこで旗野秀人さんと出会って『阿賀に生きる』を撮りはじめることになります。なので佐藤監督は、牛腸さんのことを「あとちょっとで出会えたかもしれないひと」と思って撮ったそうです。自分に重ねると、『SELF AND OTHERS』は映画美学校製作で、私も通っていた学校でした。なので、私も佐藤監督に「あとちょっとで会えたかもしれない」という思いが重なってしまう映画でもあります。実際にお会いしてみたかったなと思っています。
「三つの目」
草野 『SELF AND OTHERS』を観ると「三つの目」を感じます。第一の目として写真家、牛腸茂雄さんのまなざし。あんなに柔らかくまっすぐに見つめ返す被写体の視線を撮れるのは、牛腸さんのファインダーを覗くまなざしに秘密があるはずです。第二の目は「撮影」の田村正毅さんのまなざしです。このふたつの目のあいだには、絶妙な「距離」が保たれています。そして第三の目が佐藤真監督のまなざしです。いま小森さんが言った「あとちょっとで会えたかもしれない」牛腸さんの残り香を追うかのような第三の目がそこに入ることで、この映画が成立したのだと思うんです。
© 牛腸茂雄
小森 草野さんの「三つの目」のお話を聞いていて、私は牛腸茂雄さんがいた街の坂道を前進移動で撮った場面を思い浮かべていました。
草野 実はあの坂道は、前に私が住んでいた家の近所なんです。歩いていたら「どこかで見たことがあるな」と思って。そうしたら、あの道路だったんです。とても嬉しかったんですが、その反面、失ったものもあった気がします。『SELF AND OTHERS』と私との「距離」が大事なんじゃないかと思うからです。
小森 あの坂道を撮る田村さんのカメラが、ちょっと振れますよね。カメラが道路から樹木の花に向かうんですけど、木に振り切る前にカットが変わって牛腸茂雄さんの写真が挟まれます。田村さんのまなざしを壊しすぎず、牛腸さんのまなざしに画面を転換させる編集を、佐藤さんがしています。そのシークエンスを観ていると、「三つの目」がそれぞれに、「たしかにこれをみていたんだ」という痕跡を感じ取れます。そこが、とてもいいなあと思うんです。そしてカメラで「在る」ものを撮っているのに、「不在」がそこを浸しています。だから単に心地よいノスタルジーに流れてしまわないシーンになっているのかなと思います。
草野 あそこで映る樹木がなんの木か知らなくてもいいんだ、と思わせる強すぎない強さが映像から感じられて、私も観ていてぞわぁっとします。映像に、即物的であることとそうでないところが絶妙に混じり合っていますよね。そして、映像を観客の想像力に委ね過ぎていないというか。
『SELF AND OTHERS』撮影風景
質疑応答
——『SELF AND OTHERS』にみられる、映画のなかに既存の映像作品や写真を使う方法について、おふたりはどう考えられますか?
小森 『SELF AND OTHERS』の中に挿入される牛腸さんが撮った映像作品は、佐藤監督が改めて編集されているそうです。それに音楽も、牛腸さんの資料からみつけたカセットから採った曲を佐藤監督が重ねているそうなんです。また、映画の中で牛腸さんの写真が登場する際も、牛腸さんの写真の上に田村さんが独自のフレーミングをしたり、パンをしたりして撮っています。つまり映画にするにあたって、牛腸さんの作品に佐藤監督と田村さんがかなり介入しているんですよね。でも、私はそこが好きだなと思うんです。作品を乱暴に扱わないようにしながら、牛腸さんという人に近づこうとした人の痕跡を感じとることができるからです。映画の中で他者の作品を、そういうふうにみせることができるんだなと発見することができました。
草野 そうですね。でも、それを自分でできるだろうかと考えると、一線を超えなけれないけないなと思うんです。作品や作家を傷つけてしまうかもしれない。自分の中の倫理的な一線を超える行為であることは確かです。『SELF AND OTHERS』で佐藤監督は、牛腸さんについての作品論を描き出そうとするのではなく、牛腸さんに近づこうとしています。だからこそ、牛腸さんの作品を変えてしまうことと尊重すること、両方のスレスレのバランスの上に作品が成立している気がするんです。
——牛腸茂雄さんの写真集、そして本作のタイトルは『SELF AND OTHERS』です。自己と他者の関わりについて、本作のこと、そして、ご自身の作品のことについて伺いたいです。
草野 私が小森さんのドキュメンタリー作品に感じるのは撮る者と他者の「距離」がきちんと保たれている、入り込みすぎないということです。それが小森さんの作品を豊かにしてるんじゃないかと思います。自分の作品に関してはちょっとわからないけれど、カメラの向こうの人たち、そして作品というものに対して、没入しないでできるだけ「距離」を保つことを心がけています。
草野なつかさん
小森 私がドキュメンタリー映画を撮るときは、他者と信頼関係を築くこととは別に、いい「距離」感を築くことが大事だと思っています。そして『SELF AND OTHERS』ですが、『阿賀に生きる』『花子』(01年)のような「対ひと」的な作品を撮った佐藤真監督が、「対不在」に挑んだ作品なんだと思っています。すでにいない他者、写真に写っている他者とも、みつめる/みつめ返される、という関係を結んで「まなざしの応答」が可能か、佐藤監督は試みたんだと思うんです。そして、それができる、というところから大きな気づきをいただきました。
——「まなざしの応答」についてもう少し教えてください。
小森 ドキュメンタリーの場合、映画に撮られるためにカメラの前にいるわけではない人を撮影していると、こっちがカメラを通してみつめているつもりだったとしても、相手の方から「お前は何者なんだ」とみつめ返されていると感じることがあります。自分の作品以外でも、撮られる側の人たちのそういった声が、作者の意図とは別に、正直に写ってしまっているなと感じることがあります。そういうものに気づくためにどうしたらいいんだろう、と考えながら私は映画を作っています。『SELF AND OTHERS』の中の牛腸茂雄さんの作品からも、被写体側からみつめ返す視線を感じます。それに対して撮る側がなんとか答えようとしている痕跡がみえる気がするんです。それを「まなざしの応答」と言いました。
草野 それだけカメラは強いものなんだと思います。それがよくなく働いてしまっているケースもある気がします。
小森 カメラを持っている側が気づけていないことが露わになっていることも、確かによくあります。
——今日お二人が話されるているなかに出てくる「距離」という言葉について教えてください。「配慮」という言葉と同じでしょうか。
草野 自分としては「配慮」とは違う意味で考えています。『SELF AND OTHERS』を観はじめた頃から、私は劇場の最後列で映画を観るようになりました。劇場という枠の中にはいるけれど、できれば一番外側にいたいんです。渦中にいないことによってみえてくるものがある。映画を撮るときも、監督として責任者でもあるし、創作の当事者でもありながら、一番遠くにいたいと思っています。どこかズルい言い方に聞こえるかもしれないけれども、「距離」を取ることは私なりの手段なんです。
小森 私もそれに近いというか。物理的に「距離」を持つことから、間にあるものを測れるようになる気がするんです。物理的な「距離」から精神的な「距離」も測れるというか。映画をつくっていると、撮ることに、対象に、没入している自分がいます。カメラを持っていると、よりそうなってしまいます。カメラを持っていない時間、撮りたいと思わない時間、つまり対象から離れている時間に、「距離」というものを一番把握できる気がします。その把握をもとに、対象との「距離」を測り、あるいは「距離」をつくりながら映画を撮っている気がします。
小森はるかさん
アートハウスを動かしていく力
小森 今回アンケートをいただいて、みせたい作品を考える時間が有意義でした。自分が誰かにみせてもらったから、みせたいと思えるんだと気づけたし、どれだけみせたくてもみせられない作品がある、ということにも気づけました。みせられない、だからこそ「みせたい」という気持ちが強く募るんだと思います。それが、これからもアートハウスを動かしていく力になるのかなと思いました。
草野 ダニエル・シュミット監督の『書かれた顔』の中で女優の杉村春子さんが「人間の営みは、そうそう変わるものじゃない」という意味のことを語ります。それはアートハウス、そして映画についても言えることなんじゃないかと思います。映画を観ている時間は、安心して一人になれます。と同時に、多くの人たちと90~120分、同じ方向を向いて同じものを観る時間を、体験できる。この大切な「営み」は変わることなく繰り返されていくのでは、と。でも、当たり前のようで、それは当たり前ではない。アートハウスにどんな人たちが関わっているのか、どういう思いでアートハウスで映画が上映されているのか。そういうことに、もっと目が向けられるようになるといいなと思っています。
(取材・構成=寺岡裕治)
『SELF AND OTHERS』
監督:佐藤真|2000年|日本|53分
1983年に36歳で夭逝した写真家、牛腸茂雄。郷里の新潟、ときに死の不安に苛まれながら写真家生活を営んだ東京のアパートなどゆかりの地を巡り、彼が遺した痕跡を辿る。被写体の眼差しを焼き付けたようなポートレート、姉に宛てた手紙、そして、見つけ出されたカセットテープ。しだいに彼の不在そのものがかたどられていく。撮影に田村正毅、録音に菊池信之が参加。手紙の朗読を西島秀俊が務めた。
草野なつか くさの・なつか
1985年生まれ。2014年、長編初監督作『螺旋銀河』を発表。同作は第11回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭でSKIPシティアワードと監督賞をW受賞、ニッポン・コネクションでニッポン・ビジョン審査員賞を受賞。2018年の『王国(あるいはその家について)』は英国映画協会が選ぶ「1925~2019年、それぞれの年の優れた日本映画」に選出された。
小森はるか こもり・はるか
1989年生まれ。代表作に『息の跡』(2016年)、『空に聞く』(2018年)。アートユニット「小森はるか+瀬尾夏美」として2014年に『波のした、土のうえ』を制作、同じく2019年に発表した『二重のまち/交代地のうたを編む』は、シェフィールド国際ドキュメンタリー映画祭コンペティション部門特別賞、令和3年度文化庁映画賞文化記録映画優秀賞を受賞。
現代アートハウス入門
「現代アートハウス入門」は、若い世代に〈アートハウス〉(ミニシアター)の魅力を伝えようと、2021年にはじめられた企画。第1~2弾 連続講座「現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜」では、〈アートハウス〉の歴史を彩ってきた傑作を「ネオクラシック(新しい古典)」と呼び、東京・ユーロスペースを拠点に全国の映画館で、7夜連続日替わりで上映。気鋭の映画作家が講師として登壇、各作品の魅力を解説。
2022年秋~冬に行われた第3弾、巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」では“ドキュメンタリーと呼ばれる方法で作られた映画”にフォーカスし、18名の気鋭の映画作家に「若く新しい観客に映画の魅力を伝えるために5本の“ドキュメンタリー映画”を観せるとしたら、どんな作品をセレクトしますか」というアンケートを実施。その結果をもとに以下の7作品を巡回上映した。
巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」上映作品
ルイジアナ物語 監督:ロバート・フラハティ|1948年|アメリカ|78分
人間ピラミッド 監督:ジャン・ルーシュ|1961年|フランス|90分
1000年刻みの日時計 牧野村物語 監督:小川紳介|1986年|日本|222分
セザンヌ 監督:ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ|1989年|フランス|50分
書かれた顔 監督:ダニエル・シュミット|1995年|スイス、日本|89分
SELF AND OTHERS 監督:佐藤真|2000年|日本|53分
物語る私たち 監督:サラ・ポーリー|2012年|カナダ|108分
現代アートハウス入門ウェブサイト https://arthouse-guide.jp/