上映作品『書かれた顔』(ダニエル・シュミット|1995)
トーク:小田香(映画作家)×菊池信之(映画音響技師)
巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」(2)
「現代アートハウス入門」の第3弾として、2022年10月~12月に行われた巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」。
上映に合わせて行われた監督や研究者等々、多彩な講師陣によるトークの記録を連載します。
現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑 (2)
『書かれた顔』(監督:ダニエル・シュミット|1995年)
トーク:小田香(映画作家)× 菊池信之(映画音響技師)
2022年11月4日 大阪|シネ·ヌーヴォ
巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」。シネ·ヌーヴォでは、ダニエル·シュミット監督『書かれた顔』上映後に、ドキュメンタリー映画『鉱 ARAGANE』『セノーテ』の映画作家·アーティストの小田香さんと、小川プロからキャリアをスタートし、『書かれた顔』の録音を担当した映画音響技師の菊池信之さんのトークが行われました。二人のお話は映画作りの本質へと迫っていきます。
広い世界をわかりやすい物語に収斂させない
小田 「若く新しい観客に映画の魅力を伝えるために5本の“ドキュメンタリー映画”を観せるとしたら、どんな作品をセレクトしますか?」。今回「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」を開くにあたって主催の東風さんがそんなアンケートを取られました。そして私を含めた18人の若手映画作家が回答した中から、7本の上映作品が決まりました。菊池信之さんは、その7本のうち3つの作品、『1000年刻みの日時計 牧野村物語』『書かれた顔』『SELF AND OTHERS』の音響に関してスタッフとして携わっていらっしゃいます。私ももちろん、菊池さんのお名前もお仕事も存じていましたので、もし可能ならお話をしたいと思っていたところ、きょう、こうして菊池さんにお越しいただくことができました。
菊池 僕は小田監督の映画に、二つの点で興味を持ちました。ひとつは被写体に対する気遣いです。僕はいつも作り手と対象との距離を考えるのですが、小田監督は対象に無駄に近づかず、これ以上踏み込んではならないところには踏み込まない。そこに、驚きました。もうひとつは、広い世界を撮った映像を、わかりやすい物語に収斂させようとしていないところが好きです。音で言えば『鉱 ARAGANE』の延々と続く洪水の音。あそこでは、普段使われない音が響いています。あるいは『セノーテ』では音楽や装飾を使わず、対象を撮った映像自体が神秘性を感じさせる。そこが気持ちいいなと思って観ていました。
小田 ありがとうございます。
映画の音を「創作」する
菊池 ひとくちに「映画音響技師」と言っても、仕事の内容まではおわかりにならないと思います。そこでまずは「映画の音」についてご説明したいと思います。映画を撮影するとき、映像と同時に音も録ります。あとでその音を他の音と合わせて「構成」していくのが私の仕事です。
まず現場で録音し、「大きすぎる音」「小さすぎる音」をあとで調整します。次に「撮影時に現場で響いていた環境音」を探り、録音したものに加えていきます。こうして現場のリアルな音に近づけていきます。たとえば山の風景を撮ったときに、普段は小鳥が囀っていたけど丁度撮影していた瞬間は鳴いていなかった。そういう場合には画面に合うように囀りを加えます。そのほうがより現実に近いからです。またその逆もあります。
ただ、ここで重要なのは、現場の音を観念的に決めつけるのではなく、よく現場を見ること、知ることだと思います。普段、私たちは気づかなくても多くの、多様な音に囲まれて生活しているわけです。その中から何の音にフォーカスするかは監督や我々スタッフが、対象をどのような眼差しで見ているのかによります。音の選び方で表現者の立ち位置が変わるからです。この作業は「創作」活動と言っていいと思います。
ドキュメンタリー映画に限らず、写っている姿形、聞こえている音だけが真実だという考え方がありますが、実はある意味「創作」によって成り立っている部分もあると思います。映画表現においてフィクションもドキュメンタリーも変わりはないと私は思っています。劇映画の撮影でも、お芝居の一回性や偶然起きたことなど、ドキュメンタリーを撮るときのように、そこにしか起こり得ないことを撮って、それを編集・構成していくわけですから。
小田 菊池さんは現場で録音されて、音の構成、仕上げまで担当されています。現場で録った音を構成する最中に、監督と言葉を交わしたりされるんですか。それとも、菊池さんと風景なり人物との独自の関係性をもとにして音の選択をしていかれるんですか。
菊池 多くの劇映画では、現場で録音部が台詞を録音し、さらに音を整えます。その他に効果部の人たちがいて場面の状況に適した環境音などを加えていきます。ただこの場合、分業化されているので効果部の人たちは撮影現場には来ないことが多いんです。現場を知らないからこそできることもありますが、僕は現場で感じたことをもとに音を構成したいんです。
現場では、お芝居を取り囲む状況や役者のその時の雰囲気を感じることができます。でも、それを効果部の人に伝えるのは私には難しい。結局、台詞の処理も状況音の処理も一人でやっています。
監督との関係について言えば、僕がどんな音を録ったのか、監督は具体的に知りません。ですから、まず私が思う音を構成してそれを聞いてもらって、それから話すことが多いんです。そのほうが音の意味もわかりやすくお互いの話が具体的で話がしやすいですからです。
映画は「相互関係の総和」~『書かれた顔』の現場
小田 今回はじめて『書かれた顔』を観て、玉三郎さんの美しさに惹かれました。「男がみた女を演じるのが女形だ」と玉三郎さんが語る場面がありますが、彼の芸の完璧さが美しさを感じさせ、私はそれに打たれたんだと思います。
さらにその芸を撮影のレナート・ベルタが捉えたから、あれだけ伝わるものになったのかと考えています。例えば2ショット目の玉三郎さんが奥から手前に歩いてくるショットは完璧でした。そこで実際に撮影現場にいらした菊池さんに現場のことをお聞きしたいんです。
菊池 私がこの作品の撮影に参加したのは短い期間でした。ある日突然プロデューサーの堀越謙三さんから電話があって、いきなり「菊池さん、仕事しなきゃだめだよ。仕事!仕事!」「明日から熊本行って!」と言われたんです。何か現場では映像と音の同期のことでうまく行かないことがあったようでした。そこで急ぎ機材を集めて撮影開始直前の現地に向かいました。
いま小田さんがレナート・ベルタの話をされましたが、撮影はカメラマンの資質や能力に依るのはもちろんだと思いますが、小田さんが「完璧なショット」と言われたようなものを実現させるのは、カメラマンだけではなく、監督、スタッフたち、そして対象者との相互関係が生み出す全体のリズムみたいなもの、それが大事なんだと思います。
ダニエル・シュミット監督は、粘り強く演出されていました。いま小田さんが言われたショットかどうかはわかりませんが、玉三郎さんが歩いているだけの撮影のときも、カットをかけた後、監督はまず、日本語で必ず「素晴らしい」「ありがとう」って言うんです。その声が大袈裟であればあるほど「あ、いまのはダメだったんだな、もう一回なんだな」とわかるんです(笑)。監督は登場人物やスタッフにとても気を使っていたと思います。
また別の話ですが、当時の撮影システムは、映像と音を合わせるため、カチンコが必要でした。しかしシュミットは、カチンコを使いたくない、静かに撮影に入りたいという。それで、映像と音の同期をとるために、カメラと録音機にタイムコード装置を装備することにしていました。
玉三郎さんのインタビューを撮るときのことでしたが、監督と玉三郎さんが普通に話しはじめて、撮影に入るんですが、話の流れで、僕がここというタイミングで勝手にレコーダーを回し始めたんです。監督の合図やカメラが回るのを待っていると、どうしても音のスタートが遅れてしまうからです。録音機を回すとタイムコードの走り出しに大きめな音がするんですが、その音がヘッドフォンから微かに漏れ、近くのカメラマンに聞こえ、それをきっかけにカメラマンがフィルムを回し始めることがありました。その「目配せ的」な連携が上手くいって玉三郎さんも話しやすそうだったし、現場にリズム感ができ、撮影も上手くいったということがありました。映画は特別な人の能力だけではなく、それをとり囲む「相互関係の総和」が大事なんだと思います。
13年間の共同生活での撮影~『1000年刻みの日時計 牧野村物語』
小田 小川紳介監督の『1000年刻みの日時計 牧野村物語』(1986)では、牧野村で13年も共同生活されたそうですね。それでも作りたい映画があったというのは、凄いことです。と同時に、ほぼ狂気のようなものが必要だったんじゃないかとも思うんです。
菊池 私は山形には少し遅れて参加したので、私が参加していたのは10年間です。私が小川プロに参加したのは、『日本解放戦線 三里塚の夏』のあとでした。当時、1960年代後半は、政治運動の活発な時代でした。そんな時代に、僕はひょんなことからドキュメンタリー映画作りに参加することになり三里塚で合宿撮影するようになりました。当時、私は特別に映画や政治活動に志があったわけではなかったんですけど、当時の時代の流れもあり、そこに自分がいるのが自然だったし、自分の居場所だと思っていたのだと思います。
やがて小川プロは山形県上山市牧野村に移ることになりましたが、三里塚から山形に移るちょうどそのころ、私が2、3年、小川プロを離れていたことがありまして、山形には、少し遅れて参加したんです。山形での撮影は、最初から13年と決められていたわけでもなく、結果的に長期になったと思います。「思います」というのは、作品がもっと早く完成していたら、状況は変わっていただろうと思うからです。
稲の成長を記録し続けた13年
菊池 撮影そのものについて言えば、稲が種からどのように育ち実るのか、成長過程を丹念に撮影していましたから、大変な時間がかかったんです。一度撮影をして、それを現像所に送って返ってきて、見るまでに1週間ぐらいかかったと思います。それから「ああ、うまくいかなかった」「今度こういうふうにしたほうがいいんじゃないか」と再チャレンジとなると翌年を待たなければいけない、稲の成長の各段階はとても早かったからですから。そんな繰り返しもあり、長い年月がかかったと思います。
あるとき、録音シートを読み返したことがあったんですが、天候の変化や稲の生育の変化について、まるで日記を記すように撮影をしていたことに気付き、驚いた記憶があります。撮影はいまのようにビデオではなく、フィルムでしたから時間的にも資金的にも大変でした。他に気象データも13年間毎日記録していましたし、土地の人たちとの交流にも時間は必要だったのだろうと思います。
時間をかけた中で感じる対象との関わりなど、得られるもの、面白さはあったのですが、ただ、日々の結果がすぐに目に見えてわかるものでもなく、私はいつ終わるのかわからない日々に複雑な思いをしたことは記憶しています。一方で撮影期間がそんなに長く続いたことについては、制作の資金繰りのことや、周りの人たちにかけた負担や迷惑のことを考えると簡単に言えることではないです。まして私一人が言えることでもないです。
『1000年刻みの日時計 牧野村物語』
アートハウス以前~小川プロ作品上映のこと
菊池 映画を作るのはもちろん大変なことですが、かつて、それと同じくらい上映することが大変な時代がありました。ある時期まではきちんとした製作会社が「自社直営の映画館でかける」という約束のもとに映画が作られていましたが、私たちには約束された映画館というのはありませんでした。いまでこそ、各地に単館系のアートハウスがありますが、小川プロが撮った映画を上映するときは、『ニッポン国古屋敷村』(1982)の頃までは公会堂などを借りて上映していました。多くは公共施設ですから入場料が取りにくく、制作資金のカンパというかたちで入場料代わりにしていたことも多々あったと思います。今夜のような立派な椅子も用意できず、パイプ椅子で観てもらう状況でした。 『1000年刻みの日時計 牧野村物語』公開時には、大阪では、今晩司会をしてくださったシネ・ヌーヴォ代表の景山理さんたちの発案で、ガス会社の跡地に「千年シアター」という私設の上映小屋が作られました。景山さんは他の地域の方々と同様に、私たちのような映画を芯から支えてくださった張本人なんです。そうした時代があったことを、みなさんにも覚えていてほしいと思います。
シネ・ヌーヴォにおけるトーク風景
(取材・構成=寺岡裕治)
『書かれた顔』
原題:The Written Face
監督:ダニエル・シュミット|1995年|スイス、日本|89分
歌舞伎界で当代一の人気を誇る女形、坂東玉三郎。「鷺娘」「積恋雪関扉」といった舞台や、芸者に扮した彼を2人の男が奪い合う劇「黄昏芸者情話」が挿入され、玉三郎の秘密へと観る者を誘う。俳優の杉村春子や日本舞踊の武原はんの談話、現代舞踏家の大野一雄の舞いなども。現実と虚構さえもすり抜けていくシュミットのスイス・日本合作となった本作では、青山真治が助監督を務めた。
『書かれた顔』4Kレストア版、全国順次公開中!
小田香 おだ・かおり
1987年生まれ。フィルムメーカー。アーティスト。2015年の長編第一作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2015・アジア千波万波部門で特別賞を受賞。2019年に発表した『セノーテ』はロッテルダムや山形といった国際映画祭で上映され、第1回「大島渚賞」を受賞。2021年、『セノーテ』の成果により第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
菊池信之 きくち・のぶゆき
1945年生まれ。映画音響技師。69年より小川プロダクションに所属。小川紳介監督『ニッポン国古屋敷村』、『1000年刻みの日時計 牧野村物語』、佐藤真監督『阿賀に生きる』などのドキュメンタリー作品、諏訪敦彦監督『M/other』、黒沢清監督『大いなる幻影』、青山真治監督『EUREKA (ユリイカ)』などの劇映画を手がける。最新作は甫木元空監督『はだかのゆめ』。
現代アートハウス入門
「現代アートハウス入門」は、若い世代に〈アートハウス〉(ミニシアター)の魅力を伝えようと、2021年にはじめられた企画。第1~2弾 連続講座「現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜」では、〈アートハウス〉の歴史を彩ってきた傑作を「ネオクラシック(新しい古典)」と呼び、東京・ユーロスペースを拠点に全国の映画館で、7夜連続日替わりで上映。気鋭の映画作家が講師として登壇、各作品の魅力を解説。
2022年秋~冬に行われた第3弾、巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」では“ドキュメンタリーと呼ばれる方法で作られた映画”にフォーカスし、18名の気鋭の映画作家に「若く新しい観客に映画の魅力を伝えるために5本の“ドキュメンタリー映画”を観せるとしたら、どんな作品をセレクトしますか」というアンケートを実施。その結果をもとに以下の7作品を巡回上映した。
巡回上映「現代アートハウス入門 ドキュメンタリーの誘惑」上映作品
ルイジアナ物語 監督:ロバート・フラハティ|1948年|アメリカ|78分
人間ピラミッド 監督:ジャン・ルーシュ|1961年|フランス|90分
1000年刻みの日時計 牧野村物語 監督:小川紳介|1986年|日本|222分
セザンヌ 監督:ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ|1989年|フランス|50分
書かれた顔 監督:ダニエル・シュミット|1995年|スイス、日本|89分
SELF AND OTHERS 監督:佐藤真|2000年|日本|53分
物語る私たち 監督:サラ・ポーリー|2012年|カナダ|108分
現代アートハウス入門ウェブサイト https://arthouse-guide.jp/